拒食症
[Wikipedia|▼Menu]
.mw-parser-output .hatnote{margin:0.5em 0;padding:3px 2em;background-color:transparent;border-bottom:1px solid #a2a9b1;font-size:90%}

「Anorexia nervosa」はこの項目へ転送されています。フランスシンフォニックブラックメタルバンドについては「アノレクシア・ネルヴォサ」をご覧ください。

神経性無食欲症

治療前の17歳(1866年)及び治療後の21歳(1870年)時に描かれた女性の肖像。彼女は神経性無食欲症の記録に残る最も早期の患者であり、ウィリアム・ガルによって報告された
概要
診療科精神医学, 臨床心理学
分類および外部参照情報
ICD-10F50.0-F50.1
ICD-9-CM307.1
OMIM606788
DiseasesDB749
MedlinePlus000362
eMedicineemerg/34 med/144
Patient UK神経性無食欲症
MeSHD000856
[ウィキデータで編集]

神経性無食欲症(しんけいせいむしょくよくしょう、: anorexia nervosa ; AN)とは、極度の栄養摂取拒否とそれによる病的な痩せを主徴とする神経性の摂食障害であり、精神疾患の一種である[1][2][3]。一般人には拒食症の名で知られていて、1689年にこの病気はイギリスのモートンR.Mortonにより初めて症状例が記載され,1873年ウィリアム・ガル(W.W.Gull)により命名された。摂食行動の異常としては、不食のほかに盗み食い、激しい過食などもみられ、また嘔吐・下剤乱用もある。身体症状としては、やせ以外に無月経がほとんど必発する。患者の多くは若年層の女性であり、ボディ・イメージへの強迫観念(「自分は太っている」と考えること)、食物摂取の不良または拒否、体重減少を特徴とする。アノレキシア(アノレクシア)とも言われる。他には神経性やせ症、神経性食欲不振症、神経性食思不振症、思春期やせ症(青春期やせ症)とも言われる[2][3]

当疾患および神経性大食症(過食症)をあわせた「中枢性摂食異常症(摂食障害)」は厚生労働省の特定疾患に該当し、重点的に研究が進められている。

DSM?5では神経性やせ症の診断名も併記されている。

様々な有効な治療法が開発されており、適切な治療を通して症状が消失する(「神経性無食欲症#治療」を参照)[4]
定義「精神障害#定義」も参照

神経性無食欲症は心理的要因・社会的要因・生物学的要因によって生じる、摂食行動の障害となって現れる精神障害である。特に心理的要因(ストレス)によるところが多く、慢性経過をとることが多い。近年日本において増加傾向にあり、また抑うつを伴ったり身体的疾患を合併することもあり、心身に与える影響は大きい。

摂食障害は大きく拒食症過食症に分類される。拒食と過食は相反するもののように捉えがちだが、拒食症から過食症に移行するケースが約60 - 70%みられたり、「極端なやせ願望」あるいは「肥満恐怖」などが共通し、病気のステージが異なるだけの同一疾患と考えられている[5][6]。よって拒食症過食症を区別する指標は、基本的には正常最低限体重を維持しているかどうかのみである。アメリカでは平均体重の85%以下が拒食症に分類されているが、日本では80%以下とされている[7]

精神分析医のヒルデ・ブルックは摂食障害を「これは食欲の病気ではありません。人からどう見られるのかということに関連する自尊心の病理です」と指摘している。摂食障害患者は根源的否定感を抱えており、食行動の異常の背景には茫漠たる自己不信が横たわっていると理解される。その不安を振り払うために強迫的に完全を志向するのである。摂食障害は境界性パーソナリティ障害自己愛性パーソナリティ障害との合併、あるいはそれらパーソナリティ障害の部分症状として顕在化しているケースも多い[8]

典型的なANの患者では、体重を落とすために始めたダイエットで達成感が得られ、体重を落とすことを止められなくなってしまう。低体重であっても自分の体重を多すぎると感じ、さらに体重を減らすことを望む。鏡を見ても「まだまだ痩せられる」と感じるのみであり、体重が低すぎるとは考えない。宗教上の理由から断食をする場合、政治的目的から断食によるストライキを行う場合、あるいはカロリーを制限することで長寿が達成できるという健康上の信念を持っている場合に、食事を摂らないか極端に食事の摂取量を減らす例があるが、これらはANではない。

時にANは拒食の反動から過食を伴ったり、その他非定型性の摂食障害へと病像が変化する場合がある。
歴史

古くは宗教的な意味合いから拒食になるケースが多く、増え始めたのは13世紀頃である。一般的に、19世紀までは病気として扱われたことはなかった。ルドルフ・ベルの『聖なる拒食』(Holy Anorexia)には中世イタリアカトリック261人の拒食聖女の記録がある。これらの聖女はほとんどが思春期の女性であった。聖カタリナは16歳頃からパンと生野菜と水しか摂取せず、25歳までにはほとんどの食事を採らなくなったが、非常に活動的で各地を渡り歩いた。聖クララは月水金は何も食べず、他の曜日もわずかしか食べず病気になり、聖フランシスコとアッシジ司教が毎日1.5オンスのパンを食べるように命じ、回復したという。[9]これらの聖人の拒食は、禁欲業としての断食のレベルをはるかに超えるものであった。@media screen{.mw-parser-output .fix-domain{border-bottom:dashed 1px}}彼女達は貴族富裕層の出身であり、親の結婚強要など、世俗の慣習から逃れる為に、宗教的救いを求めた結果の拒食とも言える。[要出典]

その一方で、医学的な捉え方は17世紀末から出始めている。1689年にジェイムズ二世の侍医であるリチャード・モートンが、拒食症の症例を初めて病気として記述した。[10]その後の1874年には、ヴィクトリア女王の御典医であったウィリアム・ガルが初めてanorexia nervosa(神経性無食欲症)と呼称した。19世紀後半以降から、英米仏の中産階級の子女たちの間で拒食症は大流行する。この病気の流行はこの時代の家父長制度によって抑圧され、出口を失った女性の生のエネルギーが自己破壊に向かったものとする見方がある[11]。また、現代に至り[痩身=女性美]と考える社会風潮が拒食症を増やす要因になっているという見方もある。[要出典]
症状

自分の思う通りにならない自分を、摂食行動において完璧にコントロールし、痩せを維持できることは、万能感・高揚感を与えてくれる体験である。食事をコントロールし、自らの体を過度にコントロールしようとする心性の背後には慢性的な不安が控えており、摂食障害者は一様に強迫的な性格傾向を有する[12]

ANは精神神経疾患の中では致死率が高い疾患のひとつであり、最終的な致死率は5%-20%程度である。主な死因は極度の低栄養による感染症不整脈である。患者は自己の体重が減少することに恍惚を感じるため、自殺が死因となることは神経性大食症(過食症)と比較して少ないが、抑うつを伴い自殺を企図する例もある。ANは自らが太ることに対する恐怖感や、体重を落とすことに対する快感を覚える精神的要因から無食欲状態に陥り、食事を摂らないか、極端に少量しか摂らなくなり、無理して食べると嘔吐してしまう。あるいは飢餓状態から突如過食をし、その後自己誘発嘔吐などの代償行為を行う。

主な合併症は以下のとおりである。

極度の体重減少

無月経(女性)

若年性更年期障害

活動性の上昇、易興奮性、睡眠障害

抑うつ症状

食物への興味の上昇…しばしば料理関係の情報を収集する

強迫的な思考

強い拘り(強迫的傾向)

感情の統制水準が低下する

物事に興味・関心がなくなる・笑わなくなる

自傷行為

手掌・足底の黄染(高カロテン血症)

低血圧

低体温

徐脈

便秘腹痛

貧血

電解質代謝異常、特に低カリウム血症

骨粗鬆症

続発性甲状腺機能低下症

色素性痒疹…胸や肩などに痒みの強い発疹が出現する皮膚疾患

電解質代謝異常は利尿剤の乱用が見られる症例では起こりやすく、時に低カリウム血症から致死性の不整脈をきたし急死することがある。またこれらの個人に属する症状に加えて、極度の体重減少や易刺激性が、周囲との関係不良をもたらすことも大きな問題となる。
診断基準
DSM-IV-TR

DSM-IV-TRでは次の4項目を満たすと神経性無食欲症と診断される。排出行動が見られるかによって、制限型とむちゃ食い/排出型に分かれる[13]。A. 年齢と身長に対する正常体重の最低限、またはそれ以上を維持することの拒否 (例: 期待される体重の85%以下の体重が続くような体重減少;または成長期間中に期待される体重増加がなく、期待される体重の85%以下になる)B. 体重が不足している場合でも、体重が増えること、または肥満することに対する強い恐怖C. 自分の体重または体型の感じ方の障害、自己評価に対する体重や体型の過剰な影響、または現在の低体重の重大さの否認D. 初潮後の女性の場合は、無月経、すなわち月経周期が連続して少なくとも3回欠如する (エストロゲンなどのホルモン投与後にのみ月経が起きている場合, その女性は無月経とみなされる)
病型
制限型:現在の神経性無食欲症のエピソード期間中、その人は規則的にむちゃ食いや排出行動(つまり、自己誘発性嘔吐、または下剤、利尿剤、または浣腸の誤った使用)を行ったことがないむちゃ食い/排出型:現在の神経性無食欲症のエピソード期間中、その人は規則的にむちゃ食いや排出行動(すなわち、自己誘発性嘔吐、または下剤、利尿剤、または浣腸の誤った使用)を行ったことがある
ICD-10

確定診断のためには,以下の障害のすべてが必要である[14]。(a) 体重が(減少したにせよ、はじめから到達しなかったにせよ)期待される値より少なくとも15%以上下まわること、あるいはQuetelet's body-mass index(BMI)が17.5以下、前思春期の患者では、成長期に本来あるべき体重増加がみられない場合もある。(b) 体重減少は「太る食物」を避けること。また、自ら誘発する嘔吐、緩下薬の自発的使用、過度の運動、食欲抑制薬および/または利尿薬の使用などが1項以上ある。(c) 肥満への恐怖が存在する。その際、特有な精神病理学的な形をとったボディイメージのゆがみが、ぬぐい去りがたい過度の観念として存在する。(d) 視床下部下垂体性腺系を含む広汎な内分泌系の障害が、女性では無月経、男性では性欲、性的能力の減退を起こす(明らかな例外としては、避妊用ピルとして最もよく用いられているホルモンの補充療法を受けている無食欲症の女性で、性器出血が持続することがある)。また成長ホルモンの上昇、甲状腺ホルモンによる末梢の代謝の変化、インスリン分泌の異常も認められることがある。(e) もし発症が前思春期であれば、思春期に起こる一連の現象は遅れ、あるいは停止することさえある(成長の停止。少女では乳房が発達せず、一次性の無月経が起こる。少年では性器は子どもの状態のままである)。回復すれば思春期はしばしば正常に完了するが、初潮は遅れる。
疫学

摂食障害全体が日本で増加し始めたのは1970年代からであり、現代における有病率はアメリカやヨーロッパの先進各国と同水準である[15]ダイエットが若年層の一大関心事である日本におけるANは、若年層、特に青年期の女性に非常に多いことが特徴である。若年男性でのANの発症も見られるが、男女比はおよそ1対20である。発症年齢が年々低年齢化しており、小学生での発症も増加している。近年では思春期以降で発症する人も増加傾向にある。治療は一般に困難であり、長い時間がかかる。合併症自殺のために経過の途中で死亡する例もある(5%?15%程度)。一方で、近代的なダイエットとは無縁のアフリカにおいてAN様の病像を呈する症例の報告があり、宗教的信念との関連が考えられている。
病理学

摂食障害は拒食と過食が主な症状であるが、相互に排他的な疾患ではないため、背景にある精神病理を把握することが求められる。
拒食

神経性無食欲症が爆発的に増加したのは、1960年代から1970年代にかけてと言われる。1966年にはイギリス出身のモデルであるレズリー・ホーンビーがデビューし、ツイッギー(トゥイッギーまたはトゥイギーとも。「小枝のような」「ほっそりした」の意)という愛称で親しまれた。「妖精」と謳われた華奢な体型の彼女は、ロンドンで行われた人気アンケートで年々順位を上げ、1976年には首位に立っている。社会の価値観はそれまでのグラマラスな女性像に代わり、スリムな女性を理想像として迎えた[16]。やせていることは克己心、禁欲、美しさ、高い精神性などの隠喩が込められており、今や「やせることは女性にとって価値があること」になった。摂食障害の人にとって、この「価値があること」がキーワードなのである。

自分には何の取り柄も無いという自己不信を根底に抱える人は、その抑うつを防衛するために、人とは際立って違う、優れた、特別な自分であり続けなければならない。彼らは幼い頃から常に「自分が自分以上でなければならない」という強迫観念に支配されている。やせを実現するには、食欲を抑え、自分に打ち克つ必要がある。やせる事に成功した時には、自分をコントロールすることが出来たという万能感が得られる。幼い頃から課題に挑戦し、自分に打ち克って結果を得てきた彼らは、結果を出す事で得られる賞賛と万能感により、中核にある自己不信を救済する[17]

彼らは負けず嫌いであり、そしていつも負けていると思っている。現実の中で特別な価値の獲得に失敗した人は、「せめてやせていないと取り柄がない」という感覚から、誰もが望み、簡単には出来ないダイエットへと挑戦する。やせることは最も身近な外的価値の収得であり、ダイエットの成功は直接的に自己価値を高める。それはやせることには価値があり、その為には努力しなければならないからである。価値意識は「どれだけやせているか」へと変換され、体重増加は恐ろしいほどの価値の低下に繋がる。他と変わらない体重は「並」「平凡」「普通」であるため、輝くことで自己不信を払拭してきた彼らには決して許容することが出来ない。やせを希求する女性にとって、男性はほとんど意識されておらず、その競争相手は同じ女性である。人よりやせていることは、現代社会の価値観においては「勝った」ことに繋がる。人よりやせる事は、常に人より上に立ちたい、勝ちたい、輝きたいと願う彼らの存在証明でもある。拒食は自己愛の病理と深く関連しており、自己愛性心性を扱うことが求められる[18][19][20][注釈 1]。詳細は「摂食障害#病理学」を参照
原因

摂食障害の病因についてこれまで様々な仮説が唱えられてきた。肥満蔑視・やせに価値があるという社会文化的要因、成熟拒否や自己同一性獲得の失敗等の心理的要因、脳機能の異常に原因を求める生物学的要因等である。しかし現代においてはそれらが相互に複雑に関連し合って発症に至ると考えられている[21]


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:74 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef