抗生物質
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この項目では、「微生物に由来して他の微生物の発育を阻害する物質」について説明しています。「抗生物質を含めた細菌に対して殺菌などの作用を示す薬剤」については「抗菌薬」をご覧ください。
培地上での実験。抗生物質を含むディスクでは、黄色ブドウ球菌の繁殖が抑制される。菌が繁殖していない円形の部分を阻止円と呼ぶ。

抗生物質(こうせいぶっしつ、英語: antibiotic)は、微生物が産生する、他の微生物や細胞に作用してその発育などを抑制する作用を持つ物質のことである。これまでに200種類以上の抗生物質が細菌感染症の治療と予防に広く使用されている[1][2]。また、抗生物質の抗菌作用を利用した薬剤の総称として抗生剤と呼ばれこともある。抗生物質は細菌に対して作用する抗菌薬として使用されるのみならず、真菌寄生虫腫瘍に対して用いられることもある。

抗生物質は古来より使用されてきた。複数の文明がカビなどを感染症の治療に使用しており、古代エジプトヌビアギリシャなどでその記録が残されている。20世紀の初頭にポール・エーリッヒらが合成抗菌薬を開発したことで、選択毒性に基づく感染症の化学療法という概念がもたらされる。そして1928年にはアレクサンダー・フレミングが世界初の抗生物質であるペニシリンを発見し、ハワード・フローリーエルンスト・ボリス・チェーンの研究により大量生産が可能になったことで普及が進んだ。その後、抗生物質の開発は1950年代から1970年代に黄金期を迎え、グリコペプチド系、ホスホマイシンマクロライド系など、様々なクラスの抗生物質が発見されていった。

抗生物質を合成の観点から捉えると、抗生物質は放線菌などの微生物が、生存に必須な一次代謝産物を基に合成する二次代謝産物である。これまでに臨床的に使用されてきた抗生物質の約60%は放線菌に由来し、抗生物質は土壌から抗生物質を産生する放線菌のような微生物を分離することで発見されてきた。ほとんどの抗生物質は化学的に合成することが困難な構造を持つため、その生産は発酵によって成し遂げられる。また、発酵により産生した抗生物質はさらに化学的な修飾を加えることで、半合成の抗生物質として用いられることもある。このように生産された抗生物質はヒトの医療用途で治療・予防に使用されるほか、動物や植物に対して使用されることもある。

しかし、抗生物質の有効性と入手のしやすさから、不適正な使用につながり[3]、一部の細菌は抗生物質に対する耐性を進化させた[1][4][5][6]。 複数の抗生物質に対し耐性を示す多剤耐性菌の出現を受けて、世界保健機関は抗生物質が効かなくなるポスト抗生物質時代の到来を危惧している。このような背景を受けて、近年は土壌以外の環境から抗生物質の探索を行う試みが進められているほか、抗生物質に依存しない代替製剤の開発も進められている。.mw-parser-output .toclimit-2 .toclevel-1 ul,.mw-parser-output .toclimit-3 .toclevel-2 ul,.mw-parser-output .toclimit-4 .toclevel-3 ul,.mw-parser-output .toclimit-5 .toclevel-4 ul,.mw-parser-output .toclimit-6 .toclevel-5 ul,.mw-parser-output .toclimit-7 .toclevel-6 ul{display:none}
名称と定義

細菌真菌などの微生物がある環境に2種類存在する場合に、一方の生育が阻害されることがある。共生 (symbiosis) と対義的なこの拮抗的な作用を抗生(antibiosis; 抗生現象・抗生作用とも[7])と呼び[8][9]、例としてアオカビによる細菌の発育抑制が知られる[10]。抗生物質 (antibiotic) は、微生物が産生する物質で抗生作用を持つものを指す用語であり[11]、前述したアオカビによる細菌の発育阻害は、アレクサンダー・フレミングがアオカビから発見した抗生物質であるペニシリンによるものである[12]。抗生物質の単語を初めて定義したのは、抗生物質の一種ストレプトマイシンを発見してノーベル賞を受賞したセルマン・ワクスマンである。彼は1940年代[注 1]に「微生物が産生し、他の微生物の発育を阻害する物質」の名称として抗生物質の単語を定義した[16]。ただし、この定義は抗生物質のヒトによる利用を前提としたものであり、自然界に存在する抗生物質は薬効の得られる濃度よりも低く、産生微生物と周囲の微生物の間に抗生作用が生じないとも言われる[11][16]。一方で、細菌の代謝系を選択的に阻害して宿主の代謝系を阻害しない抗生物質は、細菌感染症の治療薬として使用される[17]。2012年の推定によると、これまでに6?8万種類の微生物に由来する天然化合物が知られているが、その40%は抗生物質としての機能を有するとされ、その内、200?220種程度の物質が微生物に直接由来する抗生物質として治療に用いられてきた[18]。また、「細菌に対して作用して感染症の治療、予防に使用されている薬剤」の総称として「抗菌薬」 (antibacterial agents) が用いられる他、「抗生物質の抗菌作用を利用した薬剤」を指す通称として「抗生剤」という用語が使用される。ただし、抗菌薬、抗生物質、抗生剤の3つは細菌に対する作用を示す薬剤の総称として厳密には区別されずに使用されている[19]。抗生物質の中には抗菌薬以外の用途で使用されるものもあり、ポリエンマクロライド系のように細菌ではなく真菌に毒性を示して真菌感染症の治療に用いられる物質や、イベルメクチンの基となった物質で抗寄生虫作用を持つアベルメクチン、「ほかの微生物」のみならず抗腫瘍活性を持つアクチノマイシンラパマイシンのように免疫抑制効果や抗炎症作用を示す物質も微生物に由来する薬剤として利用されている[20]

近年では化学合成で生産されるものや、天然の誘導体から半合成されるものもある[21]。ワクスマンは微生物によって産生される物質を抗生物質と定義したが、多くのβラクタム系抗菌薬やマクロライド系抗菌薬に代表される、天然物へ人工的に修飾を加えた半合成の抗菌薬も抗生物質と呼ばれる[14]。また、ピリドンカルボン酸系(キノロン系ニューキノロン系)やサルファ剤など、完全に人工的に合成された抗菌性物質は、厳密には抗生物質には含まず「合成抗菌薬」と呼ぶが、抗生物質として扱われることもある[14][16][22]

なお、エタノールグルタルアルデヒドなどの消毒薬 (disinfectant) も微生物を死滅・不活化させる働きを持つが、一般に強い細胞毒性を示し、選択毒性を持たないために服用はできず、抗生物質を含めた抗菌薬とは区別される[23][24][25]
歴史「抗菌剤の年表」も参照
近代以前の感染症治療

20世紀以前の世界において、感染症の治療は専ら伝統医学によって行われるものであった。抗菌性を持つ物質を利用した治療の記録は紀元前から既に存在している[26]古代エジプト古代ギリシャなどの古代文明社会では、特定のカビや植物を感染症の治療に利用した[27][28]。また、ヌビアのミイラからは大量のテトラサイクリンが検出されている。これは当時生産されていた発酵食品などに由来するテトラサイクリンが蓄積したものであると推測されており[29]、彼らが食事を通じたテトラサイクリンの摂取により感染症から守られていた可能性が指摘されている[30]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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