技術経営大学院
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技術経営(ぎじゅつけいえい、英語:technology management テクノロジー・マネジメント)とは、テクノロジー(技術)のマネジメント(経営、管理)である。MOT(Management of Technology)、技術マネジメント(Engineering Management)、Technology Innovation managementと呼ばれることもある[1]
概要

「技術経営」は、主に製造業がものづくりの過程で培ったノウハウや概念を経営学の立場から体系化したものである。すなわち、技術を使って何かを生み出す組織のための経営学である。そのため技術版MBAと説明されることも多い。なお「技術を駆使した経営」という意味ではない。

その目的は、産業界、または社会にあって、イノベーションの創出をマネジメントし、新しい技術を取り入れながら事業を行う企業組織が、持続的発展のために、技術を含めて総合的に経営管理を行い、経済的価値を生み出していくための戦略を立案・決定・実行することにある。

経営学用語の文脈で、英語の略称を用いMOT(Management of Technology)と呼ばれることが多い。
技術経営の歴史

その源流は、60年代米国のアポロ計画の際をきっかけに[2]、1962年マサチューセッツ工科大学(MIT)スローンマネジメントスクール(経営大学院)にManagemnet of Science and Technologyの経営プロジェクトが発足、1981年からMITスローンマネジメントスクールのMBA課程にMOTコースが設置されたことで知られるようになった[3]

MITを起源とするMOTは日本ではしばしば理工学系の研究領域と勘違いされがちであるが、そもそもMITスローンマネジメントスクールはボストン地域でハーバード・ビジネス・スクールと並ぶMBAを育てるための経営大学院であり、技術経営も経営学(戦略論・組織論)をベースとした経営学の一応用領域である[4]。ハーバードビジネススクールでも、W.J.アバナシー教授による『生産性のジレンマ』の研究以降、製品開発プロセスと生産プロセスを俯瞰的に捉えるPOM(Production and Operations Management)という教育プログラムがハーバードのMBAコースに設置され、現在ではよりMOTを捉えるTOM(技術・オペレーションのマネジメント: Technology and Operations Management)プログラムに発展的に進化している[5]。いずれの大学でもMOTは経営大学院のひとつの教育研究領域として位置づけられているが、日本では、MBAとMOTを並列に並べ、別の学問領域のように扱う誤った認識がなされている。その理由には(1)日本では学部から文系、理系に分かれていること[6]、(2)2000年代以降の日本の大学院拡充政策のうち、MOTのみ文部科学省ではなく、経済産業省が推進したこと[7]、などが考えられる。そもそMBAはMaster of Business Administrationの略であるのに対し、MOTはManagement of Technologyの略であり、前者は学位名称であり、後者は教育研究領域名称であり、同列の比較にならない。

米国においてMOT教育が盛んになったのは、財政赤字経常収支赤字の双子の赤字を抱えて苦しむが、日本を始めとした海外諸国の攻勢もあって、国内産業の国際競争力が回復が急務な時期であった。そのための人材育成が1980年代に入って提唱され、MIT、ハーバード、スタンフォード大学などのビジネススクールにMOTプログラムが設置されるようになった。教育コースとしてのMOTの発祥はスタンフォード大学という説もある。[8]。当時はハーバード大学教授のエズラ・ヴォーゲルが執筆した著書「ジャパン・アズ・ナンバーワン」(1979年出版)を教訓に、日本の持つ生産技術を中心とする高度な製品開発能力や、長期的視点で開発投資を行うことで競争力や企業価値を高める経営手法を米国産業界に取り入れることが米国産業界を復活させる手段として取り込まれた諸政策の一つともなっていた。ハーバードビジネススクールでは、キム・B・クラークや藤本隆宏(現東京大学大学院経済学研究科教授)などが、日本の自動車産業が実践していたジャストインタイムなどの生産管理手法、TQCを始めとした品質管理手法など製品開発から生産のプロセスについて、産業特性を踏まえたR&Dの特性に関する研究を行い、MITスローンマネジメントスクールでは、マイケル・クスマノや延岡健太郎(現一橋大学イノベーション研究センター長)などが、自動車産業の経営戦略、事業戦略の国際間比較などの研究を行い、日本の産業研究の延長線上に技術経営の研究が蓄積され、米国における技術経営教育プログラムに活用された。豊富な技術資産を持ちながらも、部分最適に終わり、全体最適として昇華しなかった反省もあり、その技術資産を纏め上げて企業価値を向上させる経営力が技術経営の目指す方向とされた。不確実性の経済環境の中でしっかりした基本構想を持ち、戦略性を持った経営管理が企業価値を向上させるものとの認識が米国産業界に拡がるようになった。1980年代後半以降、技術経営研究の成果として経営学の一流ジャーナルに掲載される論文の多くが自動車産業やエレクトロニクス産業を分析対象とした研究が多かったが、これは米国における「実学」としての技術経営が、米国政府や米国産業界の要請として発展したという側面が大きい[6]

当の日本では、これまでの経営は終身雇用を前提とした新卒定期採用による年功序列制度、OJT等による社内教育、稟議制度による意思決定、企業内組合による労使一体制度、定期人事異動による部署間移動によるゼネラリストを養成する人事制度や、生産現場では制服の制定による社員の一体感の形成、福利厚生では社宅社員寮を配置することで異部門、年次の違う社員との人的交流によるインフォーマルな人的情報ネットワークの構築機会の設けて企業文化の構築を無意識のうちに実践してきた経営手法であった。これら日本的経営としての日本のMOT研究は、産業・ビジネス界において「技術を収益化する」という観点で経営学の応用領域として、戦略論、組織論、労務管理論、組織心理学など様々なアプローチの研究の蓄積が豊富にある。特に2000年代以降、米国製造業の凋落とともに、藤本隆宏(東京大学大学院経済学研究科教授)、延岡健太郎(一橋大学イノベーション研究センター教授)、青島矢一(一橋大学イノベーション研究センター教授)、武石彰(京都大学大学院経済学部教授)などかつて米国のビジネススクールでMOT研究に従事していた研究者によって、MOT研究の流れは日本の大学の経営学部商学部経済学部などで引き継いでいる。一方、日本の工学系研究者の一部には、技術経営を米国流の経営学の傍流と捉えず、古くからある経営工学、管理工学や生産工学などの工学と経営の学際領域で扱おうとする考え方も多く、特に理系の単科大学や総合大学の工学部などに設置されたMOTスクールは、こうした経営学を基礎としないMOTを中心に教育している専門職大学も少なくない。更に、前述のMBAは文部科学省、MOTは経済産業省という官庁の縦割り行政の影響もあり、経済産業省が主導した「技術経営人材育成プログラム導入促進事業」では、「技術を事業の核とする企業・組織が次世代の事業を継続的に創出し、技術発展を行うための経営」を目的とした施策を実施し、2002年から工学系大学院によるMOTスクールの開設が相次いだ。そういう中で、技術経営は「技術+経営」の二者の足し算ではなく、「技術×経営×法務」という三者の掛け算であると捉えて論考するものもある[9]

なお、欧州では1794年フランスで「科学」と「技術」を系統的に学ぶ世界初の教育機関として「エコール・ポリテクニック」が誕生したが、歴史的に欧州では大学教育とは「真理の研究を通じた人間形成」であり、「科学」と「技術」は明確に分離されていた。技術者の教育は大学の使命の範囲外として欧州の総合大学では現在でも「工学部」は設置されておらず、欧州でも米国同様に技術経営はビジネススクールあるいは経済学部で扱われる領域と位置づけられている。欧州の技術経営研究者の研究成果はResearch Policy[10]など欧州系の経営学ジャーナルに掲載されている。

2000年代以降、日本ではMOTスクールが多く開設されたものの、エレクトロニクス産業を代表として日本の産業界は技術は優れているものの、技術を事業成果に結びつける経営戦略の弱さから凋落を辿っている。こうした背景から経営学研究から遊離した工学系MOTという日本独自の教育研究のあり方には疑問が呈されており[6]、東京理科大学が技術経営大学院の研究科長に日本を代表する経営学者の一人である伊丹敬之(一橋大学名誉教授)を招聘するなど、経営学領域としての技術経営教育の拡充が求められている。2021年には工学部技術・経営工学科のみを有する単科大学として三条市立大学が開学され、学部レベルでの技術経営教育が開かれた。
日本の大学院における技術経営教育

前項で指摘したとおり、日本では、米国や欧州に端を発する経営学を基本とした技術経営研究者の多くは、経営学部、商学部、経済学部など社会科学系の組織に籍を置いていることが多く、研究者養成大学院、専門職大学院ともに経営学研究の応用領域として技術経営の研究教育がなされており、ビジネススクールの経営学修士(Master of Business Administration;MBA)課程においても技術経営が主要な研究教育領域となっている[11]。一方、工学系大学が設置する技術経営大学院は、工学系教員が手厚く配置されているため、工学系の学生が進学する傾向が強い。米国では、前述のMITやハーバードや、UCバークレーがそうであったように、どちらかと言えば経営学系の課程としつつ、工学系の学生でも対等に進学できるようになっているが、これらもビジネススクールのひとつのコースとしてのMOTという位置付けであり、取得学位もMBAである[12][13]


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