手稲駅
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手稲駅[* 1]
南口(2010年5月)
ていね
Teine
(北海道科学大学 最寄駅)
◄S08 稲穂 (2.0 km) (1.3 km) 稲積公園 S06►

所在地札幌市手稲区手稲本町1条4丁目3-7.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯43度7分12.57秒 東経141度14分37.64秒 / 北緯43.1201583度 東経141.2437889度 / 43.1201583; 141.2437889座標: 北緯43度7分12.57秒 東経141度14分37.64秒 / 北緯43.1201583度 東経141.2437889度 / 43.1201583; 141.2437889
駅番号○S07
所属事業者北海道旅客鉄道(JR北海道)[* 2]
所属路線■函館本線
キロ程275.7 km(函館起点)
電報略号テネ
駅構造地上駅橋上駅
ホーム2面4線
乗車人員
-統計年度-12,593人/日(降車客含まず)
-2022年-
開業年月日1880年明治13年)11月28日[1]
備考

直営駅管理駅

みどりの窓口

話せる券売機設置駅[2]

札幌市内

^ 1952年に軽川駅から改称。
^ 1922年大正11年)- 1940年昭和15年)は軽石軌道の駅を併設。

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軽川駅
がるがわ
Garugawa

(2.1 km) 新川
所属事業者軽石軌道[** 1]
所属路線軽石軌道線
キロ程0.0 km(軽川起点)
駅構造地上駅
ホーム1面1線
開業年月日1922年大正11年)10月28日[** 2]
廃止年月日1940年昭和15年)10月23日
^ 国有鉄道函館本線軽川駅を併設。
^ 1937年(昭和12年)9月から営業休止。

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北口(2018年9月)

手稲駅(ていねえき)は、北海道札幌市手稲区手稲本町1条4丁目にある、北海道旅客鉄道(JR北海道)函館本線である。駅番号はS07。電報略号はテネ。事務管理コードは▲130121[3][4]副駅名は「北海道科学大学 最寄駅」[報道 1]。快速「エアポート」「ニセコライナー」をはじめとする全定期旅客列車が停車する。
歴史1976年の手稲駅と周囲750m範囲。左上が小樽方面。単式と島式の複合ホーム2面3線、駅舎横小樽側に貨物ホームと引込線、駅裏は三楽オーシャンと、公園化したかつての日石製油所跡地が広がり、3本の留置線や共有線、専用線が見える。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成1985年の手稲駅と周囲750m範囲。北口が開設され、自由通路で南口と連絡する橋上駅となった頃の姿。単式と島式の複合ホーム2面3線であるが、この後過渡的に北口側に短い(130m)4番線の単式ホームが増設されて3面4線となり、跨線橋も伸ばされ、西側にも新たに増設されている。しかしながら改札が南口側にあったため北口利用者が4番ホームへ行くのには、長い距離をほぼ往復する形となって利便性が損なわれていた。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成

当駅は1880年(明治13年)に設置された。当時は乗客があるときだけ旗の合図で停車する簡易停車場(フラグステーション)だったが、1884年(明治17年)に普通停車場に変更された。1934年(昭和9年)に改築された駅舎は、皮がついたままの丸太を用いた山小屋風の建物で、現在の駅舎ができるまで駅舎横に保存してあった。1960年代から周辺地域の人口が増加すると利用者数が著しく増えた。

西側に位置する札幌運転所とは出入庫線で繋がっており、当駅を始発・終着とする列車が多く設定されているほか、当駅 - 札幌駅間では、昼夜を問わず札幌と道内外とを結ぶ優等列車の回送列車や、それを活用したホームライナーが多く運転されている。
JR北海道

1880年明治13年)

11月18日官営幌内鉄道 開運町駅(現在の南小樽駅) - 当駅間の試験開業に伴い、同線の軽川駅として仮開業[1]

11月28日:官営幌内鉄道 手宮駅 - 札幌駅間の開通に伴い、正式開業[1]。簡易停車場(フラグステーション)[5]


1881年(明治14年)10月:貨物の取扱いを開始[1]

1883年(明治16年):営業休止[1]

1884年(明治17年):営業再開[1]一般駅に昇格し、軽川駅(かるがわえき[6][7][注釈 1]となる。

1888年(明治21年)4月:官営幌内鉄道が北有社に運輸業務を譲渡。

1889年(明治22年)12月11日:北有社の事業譲渡に伴い、北海道炭礦鉄道に移管[1]

1906年(明治39年)10月1日:北海道炭礦鉄道の国有化に伴い、国有鉄道に移管[1]

1909年(明治42年)

8月25日:当駅を含む、国有鉄道 銭函駅 - 札幌駅間が複線化。

10月12日国有鉄道線路名称制定に伴い、函館本線の駅となる。


1912年(明治45年)5月:駅裏に日本石油北海道製油所創業。専用線使用開始。

1934年昭和09年)1月22日:2代目の駅舎に改築[8]

1945年(昭和20年)7月15日:日本石油北海道製油所が米軍によって爆撃破壊され、操業停止。戦後に再開。

1949年(昭和24年)6月1日:日本国有鉄道法施行に伴い、日本国有鉄道(国鉄)に継承。


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