『戦慄の王女』
クイーン の スタジオ・アルバム
リリース 1973年7月13日
1973年9月4日
1974年3月25日
録音1971年12月、1972年6月-11月
デ・レーン・リー・スタジオ、トライデント・スタジオ
ジャンルハードロック[1][2]
プログレッシブ・ロック[2]
ヘヴィメタル[2]
時間39分9秒
レーベルEMI(オリジナル盤)
パーロフォン(リイシュー盤)
エレクトラ・レコード(オリジナル盤)
キャピトル・レコード→ハリウッド・レコード(リイシュー盤)
ワーナー・パイオニア/エレクトラ(オリジナル盤)
東芝EMI→ユニバーサルミュージック(リイシュー盤)
プロデュースジョン・アンソニー
戦慄の王女
(1973年)クイーン II
(1974年)
『戦慄の王女』収録のシングル
「炎のロックン・ロール」
リリース: 1973年7月6日
「ライアー」
リリース: 1974年2月14日(アメリカ)
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LPのA面
『戦慄の王女』 (Queen) は、イギリスのロックバンド、クイーンのデビュー・アルバム。全英24位[3]、全米83位[4]を記録。
本来なら「QUEEN」は「女王」と訳されるべきだが、本作の邦題では「王女」となっている。これについては当時のレコード会社の担当者が「雰囲気で『女王』の使用を避けた」ためと語っている[5]。
解説(英語版)の導入機材のテストを担当することと引き換えに、無料でデモテープを製作する権利を得る。ルイ・オースティンのプロデュースの元レコーディングが進められ、ここで「炎のロックンロール」、「グレイト・キング・ラット」、「ザ・ナイト・カムズ・ダウン」、「ライアー」、「ジーザス」が録音された。その後、バンドはマネージメント会社・トライデントと契約を結び、1972年夏頃からトライデント・スタジオにて、ジョン・アンソニーおよびロイ・トーマス・ベイカーのプロデュースの元、本格的なアルバム製作に取り掛かる。同スタジオではデヴィッド・ボウイやローリング・ストーンズも作業しており、クイーンは空き時間にしかスタジオを使えなかったが、それでも1973年1月までにはほぼ完成した。本作に収録された楽曲は「ザ・ナイト・カムズ・ダウン」を除き、すべてトライデント・スタジオで録音されたものである。[6]
何重にもオーバーダブされたコーラスやギター・オーケストレーション、クラシック音楽を基調としたメロディ・ラインやドラマチックな曲展開など、クイーンのオリジナリティはこの時点ですでに備わっていたと言える。アルバムに「...and nobody played synthesizer(誰もシンセサイザーを演奏していない)」と明記されているのも、彼らのサウンドへの強い自負の表れとも言えるが、この緻密な音造りは、プロデューサーのベイカーの影響が強い。[6]また、ディーコンの名前の表記が「ディーコン・ジョン」になっているが、これはクレジットミスではなく、メンバーの意図によるものである。だがディーコン本人が「俺の名前はジョン・ディーコンだ! 直してくれ!」と激怒したため、次作の『クイーン II』では「ジョン・ディーコン」に戻されている[6]。 ジャケット・デザインはフレディ・マーキュリーとブライアン・メイ、そしてジャケット写真を撮影したダグラス・パディフットによる。表ジャケットのバンドのロゴはマーキュリーがデザインした[7]。ジャケットのデザインは基本的に全世界共通だが、国によっては色合いやバンドのロゴの位置が異なるものもあった[8]。CD時代になってからは全てイギリス版のデザインに統一されている。 イギリスではリリースされた1973年のうちにはチャート・インすることはなく、次作『クイーンII』のヒットに乗る形で1974年3月30日付で47位に初ランクイン、1976年2月7日付および2月21日付の24位が最高位である[3]。アメリカではイギリスよりも早くチャート・インしたが83位に留まった(1974年2月2日付)[4]。 リリース当初のイギリスでは、複雑な曲構成やふんだんに使用されたエフェクトが批評家筋から嫌われ、中には「こんなものが売れたら帽子でも何でも食ってやる」と叩く批評家もいたが、アメリカではおおむね高評価を受けた。ローリング・ストーン誌は「このファンキーでエネルギッシュなイギリスの4人組は、レッド・ツェッペリンが放棄したヘヴィメタルの王座を狙えるだけのツールがあり、ロック界に大きな影響を与える勢力になることは疑いようがない」と賞賛し[9]、ウィニペグ・フリープレスも「彼らは一番新しいイギリスのスーパースター候補である。彼らが大きな成功を収めても驚かない」とバンドを称えた[10]。 メンバーの自己評価はあまり高くなく、メイは「製作に時間がかかりすぎ、アルバムを出す頃には音楽シーンが大きく変わってしまった。ちょっと期待外れだったね」[11]と語り、ロジャー・テイラーも「気に入らない点はたくさんあるよ…ドラムの音とかね」[12]と不満を漏らしている。 1994年、パーロフォンよりデジタルリマスター版が、2001年には日本限定で24ビットデジタルリマスター版がリリースされた。
ジャケット
評価
リイシュー
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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