『懐風藻』(かいふうそう)は、現存する最古の日本漢詩集。撰者不明の序文によれば、天平勝宝3年11月[1](ユリウス暦751年12月10日 - 752年1月8日のどこか[注釈 1])に完成。 奈良時代、天平勝宝3年(751年)の序文を持つ。編者は大友皇子の曾孫にあたる淡海三船と考える説が有力である、また他に石上宅嗣、藤原刷雄、等が擬されているが確証はない。 近江朝から奈良朝までの64人の作者による116首の詩を収めるが、序文には120とあり、現存する写本は原本と異なると想像されている。作品のほとんどは五言詩で、平安初期の勅撰3詩集が七言詩で占められているのと大きく異なる。五言がほとんどであり、七言はわずか7首である。七言のなかに聯句が1首ある。五言のうち最多は八句の詩であり、四句がこれについで、十二句もまじっている。題目は宴会が最多で、遊覧、応詔がこれについでいる。
概要
古代日本で漢詩が作られ始めるのは、当然大陸文化に連なろうとする律令国家へ歩みが反映されている。『懐風藻』の序文によれば、近江朝の安定した政治による平和が詩文の発達を促し、多くの作品を生んだという。
なお、『懐風藻』には『万葉集』に歌のない藤原不比等の漢詩が収められており、大伴家持は、『万葉集』に漢詩を残すものの、『懐風藻』には作品がない。大伴家持の「族をさとす歌」は、天平勝宝8歳に、淡海三船の讒言によって大伴古慈悲が出雲守を解任された時に詠まれたものである。 序文の最後に「余撰此文意者、為将不忘先哲遺風、故以懐風名之云爾」(私がこの漢詩集を撰んだ意図は、先哲の遺風を忘れないためであるので、懐風とこの書を命名した)とあり[1]、先行する大詩人たちの遺「風」を「懐」かしむ詞「藻」集であることがわかる。 『懐風藻』完成の前年に死亡した詩人、石上乙麻呂の『銜悲藻』(散逸)を意識したものであるという説もある[2]。 以下の8名については、特に撰者からの伝記が付け加えられている[3]。 等
書名の由来
詩人
伝記つき
淡海朝皇太子(大友皇子、弘文天皇)、2首
浄大参河島皇子、1首
大津皇子、4首
僧正呉学生智蔵師、2首
正四位上式部卿葛野王、2首
唐学士弁正法師、2首
律師大唐学生道慈師、2首
従三位中納言兼中務卿石上朝臣乙麻呂、4首
その他
文武天皇
藤原不比等
大伴旅人
長屋王
藤原房前
藤原宇合
藤原麻呂
伝本[注釈 2]が書写し、その後蓮華王院の宝蔵に埋もれていた同写本を康永元年(1342年)に転写した旨の奥書を共通して持っており[注釈 3]、現存する写本が長久2年の惟宗孝言書写本を共通の祖本としているとされる[4]。
関連文献
本文
塙保己一編 『群書類従』第8輯(装束部 文筆部, 第1)改訂3版 続群書類従完成会、1960年
塙保己一編 『群書類従』第8輯(装束部 文筆部, 第1) 八木書店, 八木書店古書出版部、2013年、ISBN 9784840631198 - オンデマンド版
小島憲之校注 『懐風藻 文華秀麗集 本朝文粋』(日本古典文学大系, 69) 岩波書店、1964年、ISBN 9784000600699
江口孝夫訳注 『懐風藻』(講談社学術文庫, 1452) 講談社、2000年、ISBN 9784061594524
土佐朋子編著 『校本懐風藻』(新典社研究叢書, 335) 新典社、2021年、ISBN 9784787943354
註釈
澤田總清著 『懷風藻註釋』 大岡山書店、1933年
澤田總清著 『懷風藻註釋』 パルトス社、1990年 - 復刻版
林古渓著 ; 林大編 『懐風藻新註』 明治書院、1958年
林古渓著 ; 林大編 『懐風藻新註』 パルトス社、1996年 - 復刻版
辰巳正明著 『懐風藻全注釈』 笠間書院、2012年、ISBN 9784305705976
辰巳正明著 『懐風藻全注釈』 花鳥社
研究
大野保著 『懐風藻の研究 : 本文批判と注釈研究』 三省堂、1957年
辰巳正明編 『懐風藻漢字索引』 新典社、1978年
辰巳正明編 『懐風藻 : 漢字文化圏の中の日本古代漢詩』(上代文学会研究叢書) 笠間書院、2000年、ISBN 9784305601629
辰巳正明編 『懐風藻 : 日本的自然観はどのように成立したか』 笠間書院、2008年、ISBN 9784305703804
辰巳正明著 『懐風藻 : 古代日本漢詩を読む』 新典社、2019年、ISBN 9784787906465
川上萌実著 『懐風藻の詩と文』 汲古書院、2023年、ISBN 9784762936838
脚注[脚注の使い方]
注釈^ ユリウス暦への対応は、『日本暦日原典』四版による。
^ 惟宗基言の父。
^ 康永元年転写の奥書を記さない写本が1点存在するが、これは単なる書き落としの可能性が高いとされる[4]。
出典^ a b 江口, 2000. p. 33.
^ 江口, 2000. p. 377.
^ 江口, 2000
^ a b 土佐, 2021. p.31.
関連項目
日本の上代文学史
万葉集
遣唐使
日本書紀
続日本紀
香淳皇后(懐風藻より諡号が命名された)
外部リンク
⇒懷 風 藻