慢性閉塞性肺疾患
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慢性閉塞性肺疾患
chronic obstructive pulmonary disease (COPD)

喫煙に特有の小葉中心型肺気腫を表す肺の肉眼像。この固定され、切り取られた肺の外観のクローズアップは重質黒色炭素堆積物により満たされた多数の腔を表す。
概要
診療科呼吸器学
分類および外部参照情報
ICD-10J40-J44, J47
ICD-9-CM490- ⇒492, ⇒494- ⇒496
OMIM606963
DiseasesDB2672
MedlinePlus000091
eMedicinemed/373 emerg/99
Patient UK慢性閉塞性肺疾患
chronic obstructive pulmonary disease (COPD)
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世界の疾病負荷(WHO、2019年)[1]順位疾病DALYs
(万)DALYs
(%)DALYs
(10万人当たり)
1新生児疾患20,182.18.02,618
2虚血性心疾患18,084.77.12,346
3脳卒中13,942.95.51,809
4下気道感染症10,565.24.21,371
5下痢性疾患7,931.13.11,029
6交通事故7,911.63.11,026
7COPD7,398.12.9960
8糖尿病7,041.12.8913
9結核6,602.42.6857
10先天異常5,179.72.0672
11背中と首の痛み4,653.21.8604
12うつ病性障害4,635.91.8601
13肝硬変4,279.81.7555
14気管、気管支、肺がん4,137.81.6537
15腎臓病4,057.11.6526
16HIV / AIDS4,014.71.6521
17その他の難聴3,947.71.6512
18墜死3,821.61.5496
19マラリア3,339.81.3433
20裸眼の屈折異常3,198.11.3415

慢性閉塞性肺疾患(まんせいへいそくせいはいしっかん、COPD: chronic obstructive pulmonary disease)は、代表的な慢性呼吸器疾患の一つであり[2]、肺胞の破壊や気道炎症が起き、緩徐進行性および不可逆的に息切れが生じる病気である。多くの場合、咳嗽喀痰も見られる。

気管支喘息も閉塞性肺疾患の一つであるが、COPDとは異なる病態として区別されている。しばしば混同されているが、アレルギーを主病因とすること、通常は可逆的であること、好発年齢が若い、などの点でCOPDと異なる。COPDと喘息が合併する場合も知られている。

COPDの主要な原因は喫煙であり(間接的・受動的曝露を含む)[2]、少数は大気汚染職業病などによる、有毒なガスや微粒子の吸入である[3]。日本名における慢性閉塞性肺疾患 (COPD) は通称「たばこ病」であり、厚生労働省は以前「COPD」の名称として「たばこ病」や「肺たばこ病」を検討していた[4][5]

2012年には世界で年間300万人がCOPDで死亡しており、これは世界における死因の6%を占める[2]。死者の90%以上は中低所得国である[2]。2030年までに、COPDは世界3位の死因になるであろうとWHOは予測している[6]
概念[ソースを編集]

以前より病理学的に「肺気腫」と呼ばれていた疾患概念と臨床的に「慢性気管支炎」と呼ばれていた疾患概念を統一したもので、慢性閉塞性肺疾患 (COPD) として総称する疾患概念となった。2001年の国際ガイドライン (GOLD) および日本呼吸器学会の診療ガイドラインにこれらのことが明記され、日本および国際的な学会レベルでも本疾患概念は公式のものとなっている。元々、呼吸機能検査の分類上の呼称から、肺気腫、慢性気管支炎とも閉塞性肺疾患に分類されていた通り、COPDは閉塞性肺疾患に分類される。

日本呼吸器学会が2009年に発表した、「COPD(慢性閉塞性肺疾患)診断と治療のためのガイドライン 第3版」によると下記のような定義が示されている。COPDとは、タバコ煙を主とする有害物質を長期に吸入曝露することで生じた肺の炎症性疾患である。呼吸機能検査で正常に復すことのない気流閉塞を示す。気流閉塞は末梢気道病変と気腫性病変が様々な割合で複合的に作用することにより起こり、進行性である。臨床的には徐々に生じる体動時の呼吸困難や慢性の咳、痰を特徴とする。
病態[ソースを編集]健常者の肺胞(左)とCOPD患者の肺胞(右)の比較図。肺胞壁の破壊による肺胞自体の減少などが見て取れる

すべての喫煙者の肺には呼吸細気管支のレベルで炎症がみられる。COPDはそれらの末梢気道の病変を初発病変として、さらに炎症が慢性化するとともに周囲に進展し、進行するものと考えられている。末梢側に炎症が進展した場合、肺胞の破壊などのいわゆる気腫化が起こり、中枢側に炎症が波及した場合には、気管支粘液腺の肥大や気道上皮の浮腫、気道平滑筋の肥厚、気道分泌液の貯留、などのいわゆる気道病変が起こる。

病態の進展に伴い、肺過膨張および閉塞性換気障害、ガス交換障害が進行する。COPDの初期は無症状である。肺過膨張と閉塞性換気障害が進行することにより、換気気流の抵抗が高くなったり横隔膜を始めとする呼吸筋が力学的に不利な状況におかれるようになったりするため、呼吸のためのエネルギー効率が低下し、徐々に労作時の息切れが顕在化する。息切れは、当初は階段や坂道などの昇りで自覚されるが、平地の歩行、ついで着替えや会話などの日常動作、さらには安静時にも生じるほど重症化する。息切れによって運動能が制限される状況となるが、呼吸数が増える際に起こる動的過膨張が関与する。ガス交換障害は病初期は問題にならないが、気管支炎による抵抗の増加と重なる、肺胞の破壊が進むなどして重症化して低酸素血症となれば、日常の身体機能や臓器機能に影響するとともに、日常活動が制限されるようになるため、在宅酸素療法 (HOT) などの酸素吸入療法が必要である(ガス交換機能が破壊されている上、換気気流の抵抗が大きくなるため呼吸としてほぼ破綻状態にある)。COPDでは、感染などを契機として急速に病態が悪化することがあり、それらは急性増悪と呼ばれている。通常、急性増悪を一旦起こすと、一般状態レベルの低下が著しく見られ、回復には時間を要する。増悪を繰り返す場合ほど、生活の質や予後が悪い。COPDは肺のみならず、全身性の炎症や筋力低下、骨粗しょう症、体重減少、虚血性心疾患、その他の種々の全身併存症が認められる。
病因[ソースを編集]

発症の主因は、喫煙中のオキシダントをはじめバイオマス等の燃焼性物質による外因性因子である。COPD患者の90%は喫煙者であり[7]、非喫煙者に比べて喫煙者ではCOPDの発症リスクは6倍である[8]。また喫煙者の約10 - 15%がCOPDを発症するが、高齢者に限ると50%近くがCOPDである[9]。ただし、喫煙者全員がCOPDを発症するわけではないことから、遺伝的α1-アンチトリプシン欠損症等やCHRNA3-5やHHIP等の内因性因子の提唱もある。
分類[ソースを編集]
病変の主座による分類[ソースを編集]

COPDは中枢気管支から末梢気道に至る気道に慢性炎症が生じる疾患である。炎症の主座により、主に肺胞の破壊が進行する気腫優位型(以前の肺気腫)と、主に中枢気道に炎症をおこす気道病変優位型(以前の慢性気管支炎)に分類されるが、これらが種々の割合で混在する。2009年に発行された日本呼吸器学会の診療ガイドライン第3版では、これらの分類は前者が「気腫型」、後者は「非気腫型」とされ、それらは主にCTなどの画像所見から判断することが明記された。
病期分類[ソースを編集]

Global Initiative for Chronic Obstructive Lung Disease (GOLD)(英語版)や日本呼吸器学会の分類では、COPDの重症度はスパイロメトリー検査により、1秒量の正常値に対するパーセント (FEV1/ predicted FEV1) で、0期(COPD予備群)およびI期からIV期の5期に分類される。

病期定義
0期(COPD予備群)咳嗽、喀痰など症状はあるがスパイロメトリーは正常(まだCOPDではない)
I期(軽症)1秒率70%未満かつ1秒量が正常値の80%以上
II期(中等症)1秒率70%未満かつ1秒量が正常値の50%以上80%未満
III期(重症)1秒率70%未満かつ1秒量が正常値の30%以上50%未満
IV期(最重症)1秒率70%未満かつ1秒量が正常値の30%未満、あるいは1秒量が正常値の50%未満で慢性呼吸不全か右心不全を合併

症状[ソースを編集]深刻な肺気腫末期患者のCT

当初は無症状であるが、進行していくにつれて労作時の息切れがみられるようになり、運動機能は低下していく。咳嗽喀痰がみられることも多いが、見られないこともある。重症化すると、呼吸不全、慢性高二酸化炭素血症[10]となり予後も不良の状況となる。肺炎、気管支炎をおこしやすく、それを契機にした急性増悪を繰り返しやすい。また、重症者であるほど、急性増悪が重症化しやすい。全身の併存症を合併しやすく、特に気腫型では、呼吸効率の低下によるエネルギー消費亢進や食欲の低下などによるエネルギー摂取量の低下により栄養障害を起こしやすい。
COPD増悪[ソースを編集]

COPDの増悪とは、呼吸困難、咳、喀痰といった症状が日常の生理的変動を超えて急性に悪化し、安定期の治療内容の変更を要するもののことである。ただし、他疾患(心不全気胸肺血栓塞栓症など)の合併による増悪は除外される。増悪の頻度で最も多いのが呼吸器感染症大気汚染であるが約30%で増悪の原因は特定できない。急性増悪時には医療機関でパルスオキシメトリー、血液ガス分析、胸部単純Xp、心電図、血液検査(血算、CRP、電解質、肝腎機能など)の検査が、必要に応じて胸部CTや血液培養、喀痰Gram染色と培養、肺炎球菌尿中抗原などの感染症検査、心臓超音波検査、血清BNP濃度測定、凝固能検査などが行われる。重症度は呼吸器学会のCOPD(慢性閉塞性肺疾患)診断と治療のためのガイドライン(2014年1月現在 第4版)によって決められることが多い。
軽症
呼吸困難の悪化、喀痰量の増加、喀痰の膿性化のうち1つと、5日以内の上気道感染、他に原因のない発熱、喘鳴の増加、咳の増加、呼吸数あるいは心拍数の20%以上の増加のつち一つ以上が認められる。
中等症
呼吸困難の悪化、喀痰量の増加、喀痰の膿性化のうち2つ以上が認められる。
重症
呼吸困難の悪化、喀痰量の増加、喀痰の膿性化のすべてが認められる。

増悪と判断した場合は薬物療法、酸素療法、換気補助療法がおこなわれる。薬物療法ではABCアプローチ(抗菌薬気管支拡張薬ステロイド)が用いられる。呼吸困難の第一選択は短時間作用性気管支拡張薬である。気管支拡張薬の吸入容量や回数を増加させる。効果が不十分な場合は短時間作用型抗コリン薬の併用を行い、これら治療を30分から60分ごと反復する。これらの吸入薬で効果不十分ならばテオフィリン薬の静脈投与を考慮する。安定期の病期がV期以上の症例、呼吸困難が高度な症例、入院を要する症例では細菌感染がある場合もプレドニゾロン30 - 40mg/dayの7 - 10日の投与が推奨されている。喀痰の膿性化が認められる場合は、細菌感染の可能性が高いため抗菌薬の使用が推奨される。
予後[ソースを編集]

肺ガンなどの悪性疾患とは異なり、病気の進行が直接生命予後呼吸不全として影響するまでは、相当の時間を要する。経過中に発症した肺炎などの感染症や肺ガン、虚血性心疾患が死亡原因となることが多く、生活の質を維持するケアとともにこれらの合併症を予防していく注意が生命予後を改善させる。酸素療法は低酸素血症に対して行い、予後を改善させる。呼吸機能(一秒量、最大吸気量、など)、運動能力、呼吸困難度、体重(栄養状態)、などの要素が予後悪化因子であることがわかっており、これらに対する治療が診療管理の課題と考えられている。外来治療では経口ペニシリン系薬、またはニューキノロン系薬の7 - 14日間の投与が行われる場合が多い。酸素療法はPaO2 ≧ 60Torr、またはSpO2 ≧ 90%を目標に調節する。

これらの初期治療に反応がなければ入院加療が検討される。入院治療が必要な例としては、呼吸困難の急激な増悪、チアノーゼや浮腫の出現、増悪に対する初期治療に無反応、重大な併存症、頻回の増悪、不整脈の出現、診断が不確実で鑑別診断が必要な場合、高齢者、在宅サポートが不十分などがあげられる。初期治療に反応しない重度の呼吸困難、錯乱、傾眠、昏睡などの精神状態の出現、酸素投与やNPPVにもかかわらず改善しない低酸素血症、または高二酸化炭素血症、あるいは呼吸性アシドーシス、IPPVが必要な状態、血行動態が不安定などではICU入院の適応となる。
疫学[ソースを編集]COPDの人口10万人あたりDALY(2004年)[11]

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WHOの試算では、2005年の世界のCOPD患者数(中等症以上)は8,000万人、うち年間300万人がCOPDにより命を落としている[2]。COPDは死亡原因の第4位を占めているが、今後10年間でさらに30%増加すると予測している[2]

イギリスでは、患者数は300万人と推定されるが、うち200万人は未受診で、受診につながるのは50代になってからとされる[12]

日本では、受診患者数は34万人(2001年)[13]。厚生労働省の統計によると、2005年に14,416人(男性11,018人、女性3,398人、全死亡数の1.3%)がCOPDにより死亡し、死亡原因の10位、男性に限ると7位を占めている[14]。潜在患者数は530万人とされる(2004年)[15]

1997年、WHOとアメリカ心肺血液研究所 (NHLBI)、アメリカ国立衛生研究所 (NIH) は、全世界的なCOPDの予防と治療を目的として、GOLD(Global Initiative for Chronic Obstructive Lung Disease、慢性閉塞性肺疾患に対するグローバルイニシアチブ)という国際機関を発足させた。2001年にCOPDの国際的ガイドラインを発表し[16]、その後改訂を重ね、COPDの診断、管理、治療の世界標準となっている。


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