慢性甲状腺炎
概要
診療科内分泌学
分類および外部参照情報
ICD-10E06.3
慢性甲状腺炎(まんせいこうじょうせんえん、英: Chronic thyroiditis)あるいは橋本病(はしもとびょう、英: Hashimoto's thyroiditis)は、甲状腺における自己免疫疾患の一種である。この病気は、自己免疫疾患として認識された最初の病気であった。橋本病という呼称は、日本の橋本策が1912年に報告したことにちなむ[1]。
甲状腺に慢性的な炎症が起き、首の腫れによる圧迫感、倦怠感、身体のむくみ、便秘、体重増加といった症状が出る[1]。慢性甲状腺炎は、北アメリカおよび日本[2]における原発性甲状腺機能低下症の原因のなかで最も頻度が高いものと考えられている。女性に多く(男性の10倍から20倍)、また45歳から65歳の年齢層で多くみられる。
研究史詳細は「橋本策」を参照
1912年に九州帝国大学の橋本策は、摘出した橋本病患者の甲状腺の病理所見を詳細に検討し、胚中心を伴うリンパ濾胞形成、甲状腺濾胞の破壊像、濾胞上皮の好酸性変性、間質の線維化と増大という慢性甲状腺炎の病理所見をまとめ、ドイツ帝国留学中に同国の科学誌論文を発表した[1][3]。
当時はあまり注目されずその後帰国して、伊賀(三重県西部)にて開業医として過ごした。1940年代より免疫学が発達して、自己免疫という概念が形成された。これらの研究の中で、甲状腺組織やチログロブリンでウサギを免疫すると、血中には甲状腺やチログロブリンに対する抗体が生じるばかりではなく、甲状腺が破壊され、橋本策が報告した病理組織像と類似の所見が得られることが判明した[4][5][6]。
さらに慢性甲状腺炎患者に甲状腺に対する自己抗体が存在することも証明され、その抗体価は低下症の程度と相関することも明らかになった[7]。なお当時はオタクロニー法による検査であり、現在の高感度法とは異なる。高感度法での抗TPO抗体や抗Tg抗体の抗体価は、組織破壊や甲状腺機能低下症への寄与は少ない。
このような研究を行ったのは、アメリカ合衆国ボルチモアのジョンズ・ホプキンズ大学のRoseや英国ロンドンのミドルセックス病院のDoniachのグループであった。彼らははじめにこのような病理所見を報告した橋本策に敬意を払い、Hashimoto's thyroiditisという名称を使用したため、欧米でこの名称が定着した。 多くの自己免疫性疾患と同様に遺伝因子と環境因子の組み合わせで発症すると考えられており、家族歴が認められることもある。関連が示されている遺伝子としてはHLA-DR多型、HLA-DR3、HLA-DR4、HLA-DR5、T細胞の調節因子であるCTLA-4の多型と橋本病の発症には関連性が示されている。しかし、これらの遺伝子との関連は1型糖尿病、アジソン病、悪性貧血、白斑症
原因
関連する遺伝子の種類は人種により大きく異なっており、またターナー症候群やダウン症候群、およびクラインフェルター症候群などの染色体異常の患者では有病率が高くなるとされる。また慢性的なヨウ素の過剰摂取は甲状腺機能低下症や甲状腺腫を誘発されることが知られているが橋本病の患者はさらに影響を受けやすいことが知られている。
病理学的な特徴としてはリンパ濾胞の形成、甲状腺上皮細胞の変性、結合組織の新生、円形細胞の瀰漫性浸潤である。2010年時点、病理生検によって橋本病の診断を行うことは非常に稀であり、甲状腺ペルオキシダーゼやチログロブリンに対する自己抗体を用いて診断される場合が多い。これらの抗体は胎盤移行性があるにもかかわらず、胎児に影響を与えないことが知られている。抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(抗TPO抗体)、抗チログロブリン抗体(抗Tg抗体)は臨床上は重要な診断マーカーであるが病因としては進行中の自己免疫反応を増幅させる二次的なものである。
バセドウ病は自己反応性B細胞が産出する甲状腺刺激ホルモン受容体(TSHレセプター)に結合する自己抗体(抗TSH受容体レセプター抗体、TRAb)によって引き起こされる甲状腺濾胞細胞の機能亢進と増殖が病態の本態であるのに対して、橋本病はT細胞による甲状腺組織破壊が病態の中心であると考えられている。
バセドウ病の自己抗体であるTRAbの産生機構に関しては2017年、鳥取大学医学部医学科分子病理学分野の研究者によって、人間の9割以上が保有するヘルペスウイルスの一種である、エプスタイン・バール・ウイルス(EBウイルス)に感染しトランスフォーメーション(形質転換)した自己反応性のTRAb陽性B細胞から産生されていることが分子生物学的に明らかになった[8]。
2012年にイタリアのフェラーラ大学の Elisabetta Caselli を中心とする研究グループが、人間の9割以上が感染しているヒトヘルペスウイルス6型[11]が健常対照群に比べ橋本病患者の甲状腺組織から高率に検出されることを示し、加えて甲状腺濾胞上皮細胞にヒトヘルペスウイルス6型が感染できること、橋本病患者は健常対照群に比べヒトヘルペスウイルス6型に感染した甲状腺細胞を傷害する顕著に効率的なNK細胞応答を保有していること、さらに橋本病患者は健常対照群に比べヒトヘルペスウイルス6型の潜伏感染遺伝子産物であるU94タンパク質に対する大きなCD4+ないしはCD8+T細胞応答を保有することを示した[12]。
以降、橋本病とヒトヘルペスウイルス6型との関連を強力に支持する結果がいくつか報告されている[13][14][15]。 橋本策が報告した胚中心を伴うリンパ濾胞形成、甲状腺濾胞の破壊像、濾胞上皮の好酸性変性、間質の線維化と増大という所見は橋本病の特徴的な所見である。特に胚中心を伴うリンパ濾胞は二次リンパ組織でみられるようにT細胞領域、B細胞領域、樹状細胞、濾胞樹状細胞、マクロファージが含まれる。このような構造は異所性リンパ組織あるいは三次リンパ組織といわれる。異所性リンパ組織の形成過程はリンパ組織新生と呼ばれ、二次リンパ組織の形成と類似している。リンホトキシン依存性である点は二次リンパ組織に類似するが被膜がなく、リンパ管がなく、炎症環境に接している点が二次リンパ組織と異なる。機能も二次リンパ組織に類似しておりB細胞とT細胞は異所性リンパ組織で抗原刺激を受けてエフェクター細胞へ分化しB細胞はさらに体細胞高頻度変異とクラススイッチ(アイソタイプスイッチ)を受ける。
病理