情報収集衛星
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情報収集衛星(じょうほうしゅうしゅうえいせい、英語: Information Gathering Satellite, IGS)とは、日本内閣官房が、安全保障や大規模災害への対応、その他の内閣の重要政策に関する画像情報収集を行うために運用している偵察衛星である[1]H-IIA 12号機によるIGSレーダ2号機の打ち上げ
導入の経緯
テポドンの発射詳細は「北朝鮮によるミサイル発射実験 (1998年)」を参照

1998年平成10年)8月31日朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が咸鏡北道舞水端里発射場から、何らかの“飛翔体”をほぼ東の方向(発射場から見て東は北アメリカではなく南アメリカの方向)に向けて発射した。飛翔体の一部(ロケットの1段目と推定される)は日本海に、他(2段目以降と推定)は、日本の東北地方上空を通過して、三陸沖太平洋に落下した。北朝鮮は、これを人工衛星光明星1号」の打上げであり、打上げは成功したと報道した。しかし、日本国政府はこれを弾道ミサイルテポドン1号の発射実験と判断し、北朝鮮に対する非難声明を採択した。それとともに、日本国政府朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)への資金拠出を凍結した。

この事件をきっかけに、与党(当時)の自民党内において、日本が独自に偵察能力を獲得することを希求する声が高まり、他国のシャッター・コントロールに左右されない国産偵察衛星の保有が検討され[2]、これに野党(当時)の民主党も概ね同調した。同年11月には、早くも情報収集衛星の製作が決定され、同年12月22日に情報収集衛星の導入が閣議決定された。2011年(平成23年)までに、8,181億4166万4729円が投じられている(平成22年度までの決算額及び平成23年度予算額の合計額)[3]
情報収集衛星と偵察衛星

法令上の情報収集衛星の定義は、「我が国の安全の確保、大規模災害への対応その他の内閣の重要政策に関する画像情報の収集を目的とする人工衛星」である(内閣官房組織令第四条の二第2項第1号)。

日本の衆議院1969年(昭和44年)に全会一致で可決した「わが国における宇宙の開発及び利用の基本に関する決議」では「宇宙に打ち上げられる物体及びその打上げ用ロケットの開発及び利用は、平和の目的に限り」と言明[4]しており、日本国政府も宇宙の軍事利用を平和構築の手段として認識していなかったことから、日本の衛星開発と利用は専ら非軍事目的に限られ、軍事衛星用の偵察衛星の保有を忌避してきた。

しかし、北朝鮮のテポドン発射事件後、偵察衛星の保有が日本の国家安全保障上の喫緊の課題となった。このため、1985年(昭和60年)に出された「一般的に利用されている機能と同等の衛星であれば(軍事的に)利用することは可能」とする「一般化原則」の政府統一見解に則って、1998年(平成10年)に大規模災害等への対応もできる多目的な「情報収集衛星」を事実上の偵察衛星として保有することが決定された。

その後、2008年(平成20年)5月21日に成立した宇宙基本法で「国は、国際社会の平和及び安全の確保並びに我が国の安全保障に資する宇宙開発利用を推進するため、必要な施策を講ずるものとする。」(第14条)と明定されたことから、非軍事という制約を脱し宇宙条約国際標準である非侵略目的の衛星保有が法的にも正式に認められることになった。この流れを受けて、日本政府は一般化原則の枠を超えて、開発開始時点において商用衛星の分解能を超える情報収集衛星光学5号機の研究開発に2009年度(平成21年度)から着手した[5]

宇宙基本計画の策定作業では、弾道ミサイル監視目的の早期警戒衛星導入も検討され、2009年(平成21年)4月5日に再度発生した、北朝鮮のミサイル発射実験もあって、一時これに関する議論が日本国政府において活発になったが、2013年(平成25年)4月時点で「我が国独自の早期警戒衛星を持つとすると莫大な予算が必要であり、費用対効果の観点も含め、政府全体として考えていきたい」と[6]導入に対する進展は見られていない。
衛星
衛星の概要

情報収集衛星は、光学センサ(近赤外線観測機能付きのいわゆる超望遠デジタルカメラ)を搭載して画像を撮影する光学衛星と、合成開口レーダーによって画像を取得するレーダー衛星との2機を一組として、二組(計4機)の体制を目指して運用が開始され、将来的に光学衛星4機、レーダー衛星4機、データ中継衛星2機の計10機体制での運用を目指して構築中である(後述)。

2023年12月時点では、設計寿命を超えて運用が続けられている衛星もあるため、光学衛星3機、レーダー衛星6機、データ中継衛星1機の計10機体制になっており[7]、2024年1月に打ち上げられた光学8号機の稼働が始まれば、光学衛星4機、レーダー衛星6機、データ中継衛星1機の11機体制となる[8]

光学衛星は、昼間の写真撮影を行う。一方のレーダー衛星は、光学衛星より分解能は落ちるものの、夜間および曇天でも画像取得が可能であり、最新の情報収集衛星の光学衛星の分解能は30cm級、レーダ衛星の分解能は50cm級より高性能とされている(衛星の一覧を参照)。なお分解能とは「識別できる物体の大きさ」ではなく「固体撮像素子画素1辺の長さに相当する地上物体の長さ」の事であり、その性能は分解能10mで大きな建物の検出がどうにかでき、5mで建物の存在が判別でき、2.5mで建物の種類の区別がどうにかでき、1mで建物の種類と車の存在の判別ができ、50cmで車の種類の区別がどうにかでき、25cmで車の種類の判別ができ、10cmで1台1台の車について説明ができる程度である[9]

弾道ミサイルに対する偵察を目的に導入された情報収集衛星であるが、地球低軌道太陽同期準回帰軌道を1周約90分で周回しながら約4日で回帰して撮影するため[10][11]、対象の上空を通過した時に弾道ミサイル発射の兆候を捉えることは出来ても、発射の瞬間を捉えて警報を出すことはまず不可能であり、これは静止軌道を周回する早期警戒衛星の役目である。

情報収集衛星の管制・運用は、内閣官房に属する情報機関である内閣情報調査室の内部組織である内閣衛星情報センターにより行われる。衛星は4日で回帰するため、地球上の任意地点を毎日最低1回は観測可能となるよう、二組計4機の体制を構築することが目標とされていたものの[10][11]、2003年(平成15年)11月のH-IIAロケット6号機の打ち上げ失敗による衛星の喪失と、レーダ1号機及びレーダ2号機の早期故障のために、二組計4機体制の構築は予定より遅れた。2013年(平成25年)4月26日にレーダ4号機の本格運用が始まり、約10年遅れで念願の二組計4機体制が完成した[12]

各衛星の設計寿命は、当初は5年、光学6号機とレーダ7号機以降は6年で、実証衛星に限り2 - 3年になっているが、レーダー衛星の相次ぐ早期故障を受け、2015年2月1日にレーダ予備機を投入した。これにより実質的に光学衛星2機とレーダー衛星3機の計5機体制となった[13]

2015年、内閣衛星情報センターは「撮像時間の多様化及び撮像頻度の向上のため」、従来の4機体制を改め、将来的に情報収集衛星8機、データ中継衛星2機の合計10機体制とすることを検討した。検討では、新たに整備する情報収集衛星4機(光学2機、レーダ2機)を「時間軸多様化衛星」と位置づけ、「関心対象の発見、識別及び詳細監視のために運用」する従来の4機の「基幹衛星」に対して、「基幹衛星により発見、識別した関心対象の動態的な監視(船団や車両群の移動等)のために運用」し、基幹衛星とは異なる軌道で運用するとされた。また撮影データはデータ中継衛星(2機体制)を経由して地上局に送信するとされ[14]、さらに衛星の運用期間を、光学7号機以降は1年延長して6年運用とし、開発期間の繰り下げと打上間隔の延伸によりコストを縮減することも検討された[15]。その後、同年12月8日に開催された宇宙開発戦略本部で、時間軸多様化衛星と運用期間15年のデータ中継衛星を打ち上げること、光学6号機、レーダ7号機以降の光学とレーダー衛星の運用期間を1年延長した6年とすることが決定し、改訂された宇宙基本計画工程表(平成27年度改訂)に盛り込まれた[16]


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