「悲しき口笛」
美空ひばり の シングル
B面ブギにうかれて(池真理子)
東京キッド(1994年盤)
ひばりの花売娘(2003年盤)
リリース1949年9月10日
1994年3月20日(再発売)
2003年8月20日(再発売)
ジャンル歌謡曲(流行歌)
レーベル日本コロムビア
作詞・作曲藤浦洸(作詞)
万城目正(作曲)
美空ひばり シングル 年表
河童ブギウギ
(1949年)悲しき口笛
(1949年)涙の紅バラ
(1949年)
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「悲しき口笛」(かなしきくちぶえ)は、1949年9月10日に発売された美空ひばりのシングルである。前作『河童ブギウギ』はB面の収録だったため、本楽曲がひばりにとってA面デビュー曲となった。
概要『悲しき口笛』で「シルクハットに燕尾服」姿のひばり
作詞:藤浦洸、作曲:万城目正。B面は池真理子の『ブギにうかれて』。
同年10月に公開され、当時12歳にしてひばりが自身初の主演を務めた映画『悲しき口笛』の主題歌である。
当時、45万枚程を売り上げ、ひばりにとって初めてのヒット曲となった。本楽曲はひばりにとって出世作となり、ひばりは本楽曲のヒットにより一躍有名になった。また、本楽曲の売り上げ枚数は美空ひばりの全シングル売り上げランキングの第10位となっている[1]。1998年時点でのシングル(アナログ盤とCDの合計)売上は日本コロムビア調べで90万枚(概数)[2]。2019年に日本コロムビアが公表した累計売上枚数は110万枚で、ひばりの楽曲の中で累計売上枚数第9位である[3]。
映画『悲しき口笛』はひばりの故郷である横浜市が舞台になっており[4]、主題歌の本楽曲も横浜が舞台になっている。
発売当時の映画の中で本楽曲を「シルクハットに燕尾服」で歌っている姿は「天才少女歌手」と呼ばれていた頃のひばりを代表するものとしてよくテレビ等で取り上げられている。また、2002年にはひばりが幼い頃通っていたという横浜市中区野毛にある「松葉寿し」の店先に、「悲しき口笛」のひばりをモデルにしたシルクハットに燕尾服の姿の銅像が建立された[5] 。
収録曲
オリジナル盤
悲しき口笛
作詞:藤浦洸、作曲:万城目正、編曲:田代与志
ブギにうかれて(歌:池真理子)
1994年盤
悲しき口笛
作詞:藤浦洸、作曲:万城目正、編曲:田代与志
東京キッド
作詞:藤浦洸、作曲:万城目正、編曲:仁木他喜雄
2003年盤
悲しき口笛
作詞:藤浦洸、作曲:万城目正、編曲:斉藤恒夫(1983年発売のアルバム『EVERGREEN HIMARI』収録のセルフカバー版)
ひばりの花売娘
作詞:藤浦洸、作曲・編曲:上原げんと
カバー
岡林信康(アルバム『レクイエム?麦畑のひばり?』に収録)
原由子(シングル『涙の天使に微笑みを』に収録)
宇崎竜童(アルバム『美空ひばりトリビュート』に収録)
さだまさし(アルバム『情継 こころをつぐ』に収録[6])
水樹奈々(ライブビデオ『NANA MIZUKI LIVE GRACE -ORCHESTRA-』に収録)
映画ポスター
劇場公開日 1949年10月24日。松竹製作・配給:大船 上映時間は84分。 終戦直後の港町・横浜に復員してきた健三(原保美)は、生き別れになった妹のミツコ(美空ひばり)を捜していた。戦地へ赴く前にミツコに教えた歌「悲しき口笛」だけが、焼け跡の混乱をさまよう健三のたった一つの手がかりだった。[7]
あらすじ
スタッフ
監督家城巳代治
脚色清島長利
原作竹田敏彦
製作小出孝
表
話
編
歴
美空ひばり
主なシングル
河童ブギウギ
悲しき口笛
青空天使
東京キッド
越後獅子の唄
私は街の子
ひばりの花売娘
あの丘越えて
リンゴ追分
お祭りマンボ
馬っこ先生/津軽のふるさと
ひばりのマドロスさん
三味線マドロス
波止場だよ、お父つぁん
鼻歌マドロス
初恋マドロス
港町十三番地