延安府
[Wikipedia|▼Menu]
陝西省の延安府の位置(1820年)

延安府(えんあんふ)は、中国にかつて存在した宋代から民国初年にかけて、現在の陝西省延安市一帯に設置された。
概要

1089年元祐4年)、北宋により延州が延安府に昇格した。延安府は永興軍路に属し、膚施延川延長門山臨真甘泉敷政の7県を管轄した[1]

のとき、延安府は?延路に属し、膚施・延川・延長・門山・臨真・甘泉・敷政の7県と永平・万安・徳安・招安・永安の5寨と安定・安寨の2堡と楽盤鎮を管轄した[2]

により延安府は延安路と改められた。延安路は陝西等処行中書省に属し、直属の膚施・安塞・甘泉・安定保安宜川・延川・延長の8県と?州に属する洛川中部宜君の3県と綏徳州に属する青澗米脂の2県と葭州に属する呉堡神木府谷の3県、合わせて8県3州州領8県を管轄した[3]

1369年洪武2年)、により延安路は延安府と改められた。延安府は陝西省に属し、直属の膚施・安塞・甘泉・安定・保安・宜川・延川・延長・青澗の9県と?州に属する洛川・中部・宜君の3県と綏徳州に属する米脂県と葭州に属する呉堡・神木・府谷の3県、合わせて3州16県を管轄した[4]

のとき、延安府は陝西省に属し、膚施・安塞・甘泉・安定・保安・宜川・延川・延長・定辺靖辺の10県を管轄した[5]

1913年中華民国により延安府は廃止された。
脚注^宋史』地理志三
^金史』地理志下
^元史』地理志三
^明史』地理志三
^清史稿』地理志十










金朝の行政区分
上京路



会寧府



肇州

隆州

信州



蒲峪路

合懶路

恤品路

曷蘇館路

胡里改路

軍司

烏古敵烈統軍司


中都路



大興府



通州

薊州

易州

?州

順州

平州

?州

雄州

覇州

保州

安州

遂州

安粛州


東京路



遼陽府



澄州

瀋州

貴徳州

蓋州

復州

来遠州


北京路



大定府

広寧府

興中府

臨?府


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:28 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef