幻覚剤
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幻覚剤(げんかくざい)とは、脳神経系に作用して幻覚をもたらす向精神薬のことである。呼称には幻覚剤の原語である中立的なハルシノジェン(Hallucinogen、英語圏で一般的な呼称で日本語圏ではそうでない)や、より肯定的に表現したサイケデリックス/サイケデリクス(Psychedelics)、神聖さを込めたエンセオジェン(Entheogen)がある。その体験はしばしばサイケデリック体験と呼ばれる。神秘的な、あるいは深遠な体験が多く、神聖さ、肯定的な気分、時空の超越、語りえない(表現不可能)といった特徴を持つことが多い。宗教的な儀式や踊り、シャーマン心理療法に用いられる。宗教、文学作品や音楽、アートといった文化そのものに影響を与えてきた。

典型的な幻覚剤は、LSDや、シロシビンを含むマジックマッシュルームメスカリンを含むペヨーテなどのサボテン、DMTハルミンの組み合わせであるアヤワスカである。MDMAはこれらとは異なる共感能力や親密感の向上作用を持つ[1]。これらは主にセロトニン作動性である[1][2]。DSM-5では、ケタミンは解離作用が強いため幻覚剤の下位の別の分類に分けられ、大麻は幻覚剤に含めない。ケタミンなどの解離性麻酔薬グルタミン酸を阻害する(NMDA[2]

21世紀に入り臨床試験が再び進行しており、サイケデリック・ルネッサンスと呼ばれる[3]。特にうつ病不安障害薬物依存症の治療に使える可能性を示している[4]。継続投与を行わずとも持続的な治療効果を生じている[1]。幻覚剤の使用は、精神的な問題の発生率の低下[5]、自殺思考や自殺企図の低下と関連している[6]。幻覚剤が依存や嗜癖を引き起こすという証拠は非常に限られたものである[4]

幻覚剤は古来から用いられてきた。20世紀に入ってから幻覚剤の化学合成やそれに伴う研究が展開され、特にLSDが合成された後の1940年代から1960年代に大きく展開した。1960年以降、幻覚剤の乱用が問題視され、所持や使用が法律で禁止されているものも多い。国際的に向精神薬に関する条約で規制されるが、伝統的に魔術または宗教的な儀式として用いられている場合には条約の影響は留保される。日本では一部の既存の違法薬物と類似の構造をもつデザイナードラッグが1990年代後半に脱法ドラッグとして流通するようになり、その後取締りが強化され法律や条例による規制が行われるものの、規制と新種の登場のいたちごっこを繰り返してきた。
呼称

サイケデリックス(Psychedelics)は、ギリシャ語の精神や魂 psych? と、目に見える・現れる d?los の組み合わせであり、「魂を顕現させる」という意味である。ハルシノジェン(Hallucinogen)、はラテン語で気が狂うことを意味する。この最初2つは、共に幻覚剤と訳されるが、サイケデリックスでは精神展開剤といった語のほうが中立的でふさわしいとする論者もいる。エンセオジェン(Entheogen)は、民族植物学者らが提唱し、「自分の内に神を見る」「内面に神性を生み出す」といった意味である。[7]

何十年も前から他の呼称が提案されているが、英語圏ではハルシノジェンという呼称が最も一般的である。しかし、この呼称が誤称なのは、知覚が変化しているだけであって、真の幻覚ではないためである[8]
作用メキシコ、ウイチョル族の毛糸絵であるニエリカは、幻覚性のサボテンであるペヨーテがもたらす、至高神タテワリが与えるという神話的ヴィジョンを描いている[9]幻視芸術も参照。「サイケデリック体験」も参照

幻覚剤を摂取することによって、意識状態に変容が起こり変性意識状態といった意識の状態に導かれる。知覚したことの意味の変化や、視覚的な鮮やかさや、視覚の変容がもたらされ、不安感は減少し幸福感や一体感が上昇する[2]。ケタミンのような解離性の幻覚剤では大枠は同じだが、個々の幻覚の強弱といった細部が異なり、最も大きい部分ではシロシビンのような典型的な幻覚剤と比較して肉体から離脱する感覚を強く生じさせる[2]。幻覚性のキノコの成分であるシロシビンの体験からは、神秘的な、あるいは深遠な体験が多く、神聖さ、肯定的な気分、時空の超越、語りえない(表現不可能)といった特徴があった[10]。自我の崩壊、自己の感覚の喪失は、サイケデリック体験の重要な特徴でアルコールなどではみられない[11]。統合失調症に似た幻覚や妄想を起こす覚醒剤精神病とは異なり、視覚的に美しい色彩が変幻と立ち現れ、物が歪んで見えたり、原野に七色の虹がかかったり、時空間が変化するというようなものである[12]

ハーバード大学での統計では200人ほどのうち、85%が人生においてもっとも啓示に富んだ体験であると感じている[13]。幻覚剤の研究家であるテレンス・マッケナは、幻覚剤は6時間で5年分の心理療法をやってしまうドラッグだと表現している[14]

治療研究の歴史からは、難治性の神経障害、特にうつ病不安障害薬物依存症、死と関連した心理的な困難(末期がんなど)に可能性があることを示している[4]。典型的な幻覚剤や、MDMAでは継続的に投与せずとも効果が持続する[1]。13万人の統計調査から、過去1年間における幻覚剤(LSD、マジックマッシュルーム、メスカリン)の使用者は精神的な問題の発生率の低下に関連していた[5][15]。約19万人からの統計調査では、典型的な幻覚剤の使用が、自殺思考や自殺計画、自殺企図の低下と関連し、他の違法薬物を使用しないことはさらにこの可能性を高めていた[6]。また約1500人からのオンライン調査では、生涯における典型的な幻覚剤(LSD、マジックマッシュルーム、メスカリン)の使用は、自然とのつながりを感じ環境に配慮した行動に関連する[16]。48万以上の統計調査からは、生涯における古典的な幻覚剤の使用は、調査から1年以内の犯罪(暴力、窃盗など)の発生率が低いことや[17]、受刑者約300人からドメスティックバイオレンスとの関連性が低いことが判明した[18]。幻覚剤と大麻の使用は過去1年間におけるオピオイドの依存リスクを減少させており、他の違法薬物では依存のリスクを増加させていた[19]デビッド・ナット薬物に関する独立科学評議会(ISCD)による2010年に『ランセット』に掲載された薬物の相対的な有害性に関する論文。MDMA、LSD、マジックマッシュルームは相対的に有害性が低いと評価された[20]

一般的な副作用は、不安、吐き気、嘔吐、心拍や血圧の増加である[4]。精神病性障害のような比較的一般的な障害が生じた場合には、サイケデリック体験に起因するのではと誤解されることがあるが、上述のように、統計からは精神病など精神的健康問題のリスクの低下と結びついている[21]幻覚剤後知覚障害 (HPPD) は、シロシビンやアヤワスカを用いた最近の近代的な臨床試験(偽薬対照を設けて問題の発生率を比較する)では報告されていない[4]

幻覚剤が依存や嗜癖を引き起こすという証拠は非常に限られたものである[4]耐性は急速に形成され、離脱症状が起こることは確認されていない[4]


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