平行線公準
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内角αとβの角度の和が180°未満であれば、二つの直線は無限に伸ばせば同じ側で交わる。

平行線公準(へいこうせんこうじゅん)とは、ユークリッド幾何学における特色のある公準である。平行線公理、ユークリッド原論における5番目の公準であったことから、ユークリッド(エウクレイデス)の第5公準(公理)とも呼ばれている。これは2次元幾何学において次のようなことを述べている。

1つの線分が2つの直線に交わり、同じ側の内角の和が2直角より小さいならば、この2つの直線は限りなく延長されると、2直角より小さい角のある側において交わる。

ユークリッド幾何学は平行線公準を含む全てのユークリッドの公準を満たすような幾何学を研究するものである。平行線公準が成立しない幾何学は非ユークリッド幾何学と呼ばれる。平行線公準から独立した幾何学(つまり、ユークリッド公準のうち、最初の4つの公準しか仮定しない幾何学)を絶対幾何学(英語版)(もしくは中立幾何学)と呼ぶ。
論理的に同値な性質

ユークリッドの平行線公準の最もよく知られている形は、名前をスコットランドの数学者ジョン・プレイフェアに由来するプレイフェアの公理(英語版)であろう。これは次のようなものである。

平面上に直線と、直線上に存在しない点が与えられたとき、点を通り直線に平行な直線は与えられた平面上に高々1本しか引くことができない[1]

平行線公準とプレイフェアの公理は一般的に同値というわけではない。幾何学の中には、この二つのうち、片方が真でもう片方が偽となるものがあるからである。しかし、ユークリッド幾何学の他の4つの公準と二つのうちの片方を使えばもう片方を証明することができるため、絶対幾何学(英語版)においてはこの二つは同値である[2]

他にも多くの平行線公準と同値な命題が提唱された。そのうちのいくつかは一見すると平行線とは関係ないように見える命題であり、またいくつかは平行線公準をユークリッドの他の公準から示したとする証明の中で、自明であるとして無意識に仮定されていた命題であった。以下はこれらの概要である。
平面上に直線と、直線上に存在しない点が与えられたとき、点を通り直線に平行な直線は与えられた平面に高々1本しか引くことができない(プレイフェアの公理)。

全ての三角形の内角の和は180°である。

内角の和が180°である三角形が存在する。

全ての三角形において、角度の合計は等しい。

相似であるが合同ではない三角形の組が存在する。

すべての三角形に外接円がひける。

四角形の3つの角度が直角であれば、残りの1つも直角である。

すべての角度が直角の四角形が存在する。

互いの距離が常に変わらない直線の組が存在する。

同じ直線と平行である2本の直線は、互いに平行である。

直角三角形において斜辺の平方は他の辺の平方の和に等しい(ピタゴラスの定理[3][4]

三角形の面積には上限がない(ウォリスの公理)[5]

サッケーリの四角形(英語版)の頂点の角度は90°である。

ある直線が2本の平行線のうち片方と交わり、直線が2本の平行線と同一の平面上にあるとき、平行線のもう片方とも交わる(プロクロスの公理)[6]

「平行」の定義について

しかしながら、「平行である」という定義として、代表的な3つ「等距離に離れている」、「決して交わらない」、「第3の直線と同じ角度で交わる」のうちのどれを使用するか、その理由を説明することは簡単なことではない。なぜなら、この3つが同値であるというのは、平行線公準に依存しているからである。例えば、プレイフェアの公理における「平行」を、「等距離に離れている」という意味で使えば、これはもはや平行線公準と同値ではなく、残りの4公準から証明が可能となる(「高々1本しか引くことができない」ということは、そのような線がなくてもよいのである)。しかしながら、平行線が互いに交わらない線分であると定義すれば、プレイフェアの公理は平行線公準と同値であるし、他の4公準から論理的に独立している。

ただし最初と最後のものは長さや角度を測ったりする操作が含まれ、そのぶん真ん中の性質よりは複雑になっている。そこで、真ん中の性質「決して交わらない」をユークリッド空間における平行性の定義に採用するのが普通である[7]。そしてほかのふたつの性質は平行線の公理からの帰結ということになる。
歴史「非ユークリッド幾何学#歴史」も参照ランベルトの四角形サッケーリの四角形。上から直角、鈍角仮定、鋭角仮定の場合。

2000年もの間、平行線公準をユークリッドの他の4公準から証明するという試みが多数行われてきた。この証明が特に求められたのは、平行線公準が他の4公準とは違い、自明ではなかったことが大きな理由である。もしユークリッド原論における公準の記述順に意味があるとするならば、ユークリッドが平行線公準を公準に追加したのは、それを証明することができない、あるいはそれなしで先に進むことができないことに気付いたが故に他ならないことを意味している[8]。4公準から第5公準を証明する試みが多く行われ、間違いが発見されるまでそれが正しい証明であると受け入れられてきた。証明において間違いを犯してしまった理由は、常に第5公準と同値の命題(プレイフェアの公理)を「明らかに」正しいものと仮定していたことに起因している。このことは5世紀のギリシャの哲学者プロクロスの時代から知られていたことではあるが、1795年、ジョン・プレイフェアがユークリッドに関する有名な解説書を著し、その中でユークリッドの第5公準を自身の公理と置き換えるよう提案した。このことで後にプレイフェアの公理として知られるようになった。

ギリシャの哲学者プロクロス (410-485) は、ユークリッド原論に関する解説書を著し、4公準から第5公準を導こうとした試みについて解説を行い、特にクラウディオス・プトレマイオスが間違った証明を行なっていることに言及している。その上で、プロクロスは続けて自らも間違った証明を与えている。しかし、第5公準と同値の命題を発見している。

アラビア数学者のイブン・アル・ハイサム (965-1039) は背理法を用いた平行線公準の証明を試みた[9]。その過程で、彼は幾何学に運動(英語版)と変換の概念を導入した[9]。彼はランベルトの四角形(英語版)を定式化し(この名前は18世紀の数学者ヨハン・ハインリッヒ・ランベルトにちなむ。ボリス・アブラモヴィッチ・ローゼンフェルドは、これを「イブン・アル・ハイサム=ランベルトの四角形」と呼んだ[10])、その証明しようと試みた過程にはランベルトの四角形やプレイフェアの公理に類似した考え方が含まれている[11]

ペルシアの学者ウマル・ハイヤーム (1050-1123) は、別の命題から第5公準を証明しようと試みた。その命題とは「哲学者(アリストテレス)による基本的原則」の5つの公理のうちの4番目に基づくものである[12]。彼の使った命題は双曲幾何学の可能性を排除するものであったが、結果として楕円幾何学双曲幾何学に関する初期の結果をいくつか得ている[13]。サッケーリの四角形もまた、最初に考えたのはハイヤームであり、11世紀後半の書籍Explanations of the Difficulties in the Postulates of Euclid(ユークリッド公準の困難性に関する解説)第1巻に書かれている[10]。ハイヤームは前後の時代のユークリッド幾何の研究者(ジョヴァンニ・ジェローラモ・サッケーリも含む)とは異なり、平行線公準そのものを証明しようとしたのではなく、先述の(「哲学者による基本的原則」から作った)命題から導こうとした。彼はユークリッドの第5公準を仮定しないことで次の3つの可能性が生じると考えた。すなわち、一本の直線に対する2本の垂線を考え、これらが別の直線と交わっているとする。2番目の直線をうまく選べば、2本組の垂線によってできる内角を等しくすることができる(その場合、1番目の直線と平行になる)。この等しい内角が直角であれば、ユークリッドの第5公準を得るが、もし直角でなければ、それは鋭角もしくは鈍角となる。彼は鋭角や鈍角となる場合は自身の命題を使うことにより矛盾が生じることを示したが、しかし現在、彼の命題は第5公準と同値であることがわかっている。

ナスィールッディーン・トゥースィー (1201-1274) は彼の著書Al-risala al-shafiya'an al-shakk fi'l-khutut al-mutawaziya(平行線に関する疑惑を取り除く議論、1250年)において、平行線公準や、1世紀前のハイヤームの完成しなかった証明について詳細に述べている。ナスィールッディーンは平行線公準の否定から証明を導こうとした[14]。彼はまた現在でいう楕円幾何学や双曲幾何学についても考察をしていたが、しかし彼自身はそれらを無視している[13]

ナスィールッディーンの息子のサドルッディーン("Pseudo-Tusi"としても知られる、日本語では偽トゥースィーの意)は1298年、父親の考えを基本とした書籍を著し、これは非ユークリッド的な、平行線公準と同値な仮説についての最も初期の議論を引き起こすこととなった。


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