工学(こうがく、英: engineering)またはエンジニアリングとは、基礎科学である数学・化学・物理学などを工業生産に応用する学問[1][2][3]。「真理の探究」を目指す基礎科学と「実用」を目指す工学の違いは絶対的ではなく[4]、例えば電子工学や薬品生産などがあると『日本大百科全書』は述べている[4][注釈 1]。これらの分野では、基礎科学・基礎研究の成果が応用科学・研究開発の中へと直接組み込まれている[4]。「理工学」および「医工学」も参照
日本の国立8大学の工学部を中心とした文書、「工学における教育プログラムに関する検討委員会」(1998年)では次の通り定義されている[5]。
「「工学とは数学と自然科学を基礎とし、ときには人文社会科学の知見を用いて、公共の安全、健康、福祉のために有用な事物や快適な環境を構築することを目的とする学問である。」[5]」
『世界大百科事典』では、工学は「エネルギーや自然の利用を通じて便宜を得る技術一般」とされている[6]。工学が対象とする領域は広く、様々な工学分野に専門分化している。詳細は「工学の一覧」を参照
概要風力発電所(風力発電機群)。
風力発電所ひとつをとっても「再生可能エネルギーを用いて電力を供給する」という実用的な目的の実現の為に、装置群を設計し、製造し、適切な場所に設置し、適切に運用する必要があり、そのためにはエネルギー問題に関する知識、環境問題に関する知識、流体に関する知識、機械に関する知識、材料に関する知識、電気的な知識、制御装置などの知識、経済性に関する知識、気象学的な知識や地域・場所ごとに全く異なる風量に関する具体的なデータ、用地確保や海洋上での設置に関わる法律的な知識、騒音規制に関する法的知識や自治体ごとの条例の調査、風車ブレードに衝突してくることがある鳥の習性に関する知識 等々、様々な分野の知識を結集する必要があり、また事前にアセスメントを行い、発注者や設置地域住民等々に対してアカウンタビリティを果たす必要があり、現代の工学問題の実例となっている。
工学博士の仙石正和は電子情報通信学会で、国際世界の教育研究における「工学」は次の意味だと述べている[2]。「工学(Engineering):数学,自然科学の知識を用いて,健康と安全を守り,文化的,社会的及び環境的な考慮を行い,人類のために(for the benefit of humanity),設計,開発,イノベーションまたは解決を行う活動.」[2]
工学は大半の分野で理学(数学・物理学・化学等)を基礎としているが、工学と理学の相違点は、ある現象を目の前にしたとき、理学は「自然界(の現象)は(現状)どうなっているのか」や「なぜそのようになるのか」という、既に存在している状態の理解を追求するのに対して、工学は「どうしたら、(望ましくて)未だ存在しない状態やモノを実現できるか」を追求する点である[注釈 2]。或いは「どうしたら目指す成果に結び付けられるか」という、人間・社会で利用されること、という合目的性を追求する点である、とも言える。
したがって工学では安全性、経済性、運用・保守性といった、実用上の観点の価値判断が重要である。使用できる時間・人員・予算等といった資源の制約の中、工学的目的を達成するための技術的な検討とその評価を工学的妥当性と言い、工学的な性質の分析には、環境適合性、使いやすさ、整備のしやすさ (Maintainability)、生涯費用(ライフサイクルコスト)など、(質量、速度などのある意味、即物的で一意的に測定できる性質とは違った、人間がある配慮のもとに構成した) <<評価方法>> が必要なものが多い。そうした評価方法の開発も工学の重要な分野とされる。
また公共の福祉に対する配慮も必要であり、工学各分野の学会(電気学会、土木学会など)では倫理的な内容を盛り込んだ信条規定(Creed)が定められている。工学には、他の学問の成果を社会に還元するための技術の開発という面もあるが、近年はそれに加えて、その技術の適用にあたっての長所、短所の調査(アセスメント)、調査結果とともに調査過程の資料を公表説明すること(アカウンタビリティ)が求められるようになってきている。
現代の我々が用いている意味での "engineering" という用法・概念は18世紀になって生まれたものであるが、その概念に合致するような営みは、実際には古代から行われていたとも考えられている。(→#歴史)
工学を実践する者を「エンジニア engineer」あるいは「技術者」と呼ぶ。日本では技術者の公式な資格の一つに技術士がある。 工学という用語や概念自体は歴史的に見れば比較的新しいものであるが、現代の「工学」という概念で照らしつつ人類の歴史を遡って眺めてみれば、それに相当するものは実際上は古代から存在していたと言うこともできる。 "engineering" という言葉・概念は比較的新しいもので、先に "engineer"(技術者)という言葉が存在していた。1325年ごろ文献に現れたときには「軍用兵器の製作者」を意味していた[7]。当時、"engine" には「戦争に使われる機械仕掛け」(例えばカタパルト)すなわち「兵器」という意味があった。"engine" の語源は1250年ごろラテン語の ingenium からできた語で、ingenium は「先天的な特性、特に知能」を意味し、そこから派生して「賢い発明品」を意味した[8]。なお、"engineer" は "engine" に接尾辞 "-eer" がついた形で「機関の操作者」という意味、といったような説明がたいへんしばしば見られるが、(少なくともそれが現在の意味における「機関」(engine)ではなく)誤り(異分析)であり、英語版Wiktionaryのengineerの記事でも「Sometimes erroneously linked with engine + -eer. 」としている[9]。 後に民間の橋や建築物の建設技法が工学分野として円熟してくると、civil engineering[10] (日本語にあえてすれば土木工学)と呼ばれるようになった。これは "engine" が元々「兵器」を意味していたことから、軍事とは無関係の分野であることを示すために "civil"(市民)とつけたものである。
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