峯村リエ
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みねむら りえ
峯村 リエ
本名鈴木 りえ
生年月日 (1964-03-24)
1964年3月24日(60歳)
出生地 日本東京都
身長173 cm
血液型A型
職業女優
ジャンル舞台映画テレビドラマ
活動期間1986年 -
配偶者なし(離婚歴あり)
所属劇団ナイロン100℃
事務所シス・カンパニー
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峯村 リエ(みねむら りえ、本名;鈴木 りえ、1964年3月24日 - )は、日本女優ナイロン100℃及びシス・カンパニー所属。東京都吉祥寺出身[1]。身長173cm。血液型A型
来歴

幼少期、芝居好きの母親の影響を受けた。「小さいころから新劇や小劇団の芝居を見に連れていかれてました。『はなれ瞽女おりん』を見たときには、小学校1年生ぐらいだったので、意味がわからず、男性の局部を切るシーンに、“なんで?”と大きな声で聞いたら、ものすごく怒られたことを覚えています(笑)」と当時を述懐している[2]

173cmと長身。高校生まで水泳を続け、自由形選手で東京都大会に出場。高校時代に女子プロレスのビューティ・ペアの試合を観戦した際に、スカウトされた経験がある。「男の人に“君、いい身体しているね”と声をかけられ、スカウトされそうになったけど、“私、闘争心がないんです”と答えたら、“ダメだな”とあきらめてくれました。いまも格闘技は見るのが好きで、WWEとか見ています」と後に語っている[2]

高校卒業後、俳優養成所『五月舎』の演出部に入所[1]。そこで出会った犬山イヌコに誘われ[1]劇団健康第二回公演の舞台に立つも、一旦は劇団「ザ・スーパーカムパニィ」に入団[1][3]。その後1989年からは劇団健康に参加[3]。解散後にKERAが立ち上げたナイロン100℃結成に参加[4]。現在に至る。

若手時代はいつかは市井で普通に働くのだろうと思っていたが、ある日、事務員の求人広告を見たら、28歳以下、30歳以下などという年齢制限を自分が超えてしまっていた。そこから、役者に本腰を入れようと思い直した[2]

堤幸彦作品には多く起用されている。「映像は、憧れの世界で、小劇場の人間が、足を踏み入れてはいけないと思っていました。それが、“大河”や“民王”をやってから、意識が変わり、演じることはみんな一緒だと思えるようになりました」と振り返っている[5]

事務所はオフィススリーアイズを経て、2010年8月よりシス・カンパニーに所属している。
人物

NHK大河ドラマ『真田丸』で、“なりませぬ”の決めゼリフと“ヒール”なお局キャラで注目された女優である。これがきっかけでバラエティ番組への出演も増え、2017年の取材では「いまでも、(スタッフには)必ず“なりませぬ”を言ってください、と言われますね。抵抗? 楽しんで言っちゃいます(笑)」と笑っている
[5]

NHK土曜時代ドラマ『悦ちゃん』で姉・鶴代役で出演していることについては「“浅はかさ”が、(『真田丸』での)大蔵卿局(おおくらきょうのつぼね)と共通していると思います。でも、それが人間っぽいし、愛すべきところじゃないでしょうか」[5]

睡眠は1日7時間取るのが普通であり、5時間を下回ると辛くなるという[2]

酒は飲めば飲むほど頭がしっかりするので記憶が飛ぶことはない。家で飲むことがないので酒はあまり好きではないとしみじみと取材で回答したことがある[2]

2017年の取材では、今後、演じてみたい役に“天璋院篤姫”の晩年を挙げた。「江戸幕府がなくなってから千駄ヶ谷に住んで、49歳で亡くなるまで自由を謳歌(おうか)していたそうです。晩年に初めて、自由な生活をして、楽しんだということを聞いて、面白いな、と思いました。当時の女性としては、ちょっと大柄だったことや、写真を見たら顔が、ちょっと怖い感じだったので、シンパシーを感じています。制約の多かった時代の女性たちが、どう生きてきたのか、興味があり、演じてみたいです」と話している[2]

出演
舞台
劇団健康

第2回公演「逆回転アワー?日本一アブナイお芝居?」(1986年3月21日 - 23日、新宿アシベホール)

第6回公演「カラフルメリィでオハヨ?いつもの軽い致命傷の朝?」(1988年8月24日 - 30日、下北沢ザ・スズナリ)

第8回公演「スマナイ。」(1989年7月20日-31日、新宿THEATER TOPSほか)

第2回番外実験公演「プチ天変地異」(1989年11月17日-19日、渋谷LA MAMA)

第9回公演「牛の人」(1990年3月15日 - 25日、下北沢ザ・スズナリ)

第10回公演「ボーイフレンド」(1990年8月24日 - 9月7日、新宿THEATER TOPS)

第11回公演「愛と死?LOVE&DEATH?」(1991年2月15日 - 17日、作:天久聖一/中川いさみ/山田花子/ケラリーノ・サンドロヴィッチ/健康、新宿スペースゼロ)

第12回公演「カラフルメリィでオハヨ ?いつも軽い致命傷の朝91?」(1991年7月17日 - 22日、本多劇場)

健康スペシャル・プロデュース公演「SUNDAY AFTERNOON」(1991年12月14日 - 25日、渋谷シードホール)

第15回公演「トーキョーあたり」(2005年8月7日 - 28日、作・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ、下北沢・本多劇場)- 文子/赤茶背広 他

など計11本出演。
ナイロン100℃[4]


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