岡崎市立宮崎小学校
過去の名称額田町立宮崎小学校
国公私立の別公立学校
設置者岡崎市
校訓正しく・強く・朗らかに
設立年月日1873年(明治6年)
共学・別学男女共学
学期3学期制
所在地〒444-3601
愛知県岡崎市石原町古城9番地北緯34度56分25.2秒東経137度22分10秒
岡崎市立宮崎小学校(おかざきしりつ みやざきしょうがっこう)は、愛知県岡崎市の公立小学校。 岡崎市石原町に位置する小学校。1873年(明治6年)に創立した。 豊富小学校、夏山小学校、形埜小学校、下山小学校とともに、岡崎市立額田中学校の学区を構成する。 2018年(平成30年)4月6日時点の児童数は、34名[1]。 なお、本学区の額中生は敬信寮に入寮できる。本宮山のふもとに位置する本校は、岡崎市の市街地から遠く離れており、学校周辺は山と森に囲まれている。本校の通称は「宮小」、「宮崎小」など。 町名進学先
目次
1 概要
2 学区
3 沿革
4 著名な出身者
5 脚注
6 関連項目
7 外部リンク
概要
学区
石原町、宮崎町、明見町、中金町、東河原町、雨山町、大代町、木下町、千万町町額田中学校
沿革
1873年 - 宮崎4か村が連合して石原市場を市場仮教場として開設。
1875年 - 亀穴仮教場となる。
1875年 - 「第2大学区第8中学区内第17小学宮崎校」と称する。
1877年 - 明見、中金、亀穴3か所で、道庭学校をつくる。
1877年 - 「第2大学区第8中学区内第56小学宮崎校」と称する。
1877年 - 石原村で、石原学校を開設する。
1881年 - 道庭学校が閉校。校舎は亀穴学校として、亀穴へ移転。
1882年 - 明見村が、明見学校を開設。
1885年 - 明見、中金、亀穴、石原、大代、雨山、河原の7か村が合併。宮崎村に。
1889年 - 亀穴学校が閉校。校舎は宮崎村役場になる。
1892年 - 石原尋常学校・明見尋常学校と称する。
1899年 - 石原尋常学校・明見尋常学校が合併。宮崎尋常学校となる。校舎は石原学校の校舎を使用。
1900年 - 宮崎尋常高等小学校となる。
1901年 - 新校舎建設完了。
1903年 - 校舎増築。
1905年 - 教育剌灯会を開く。
1907年 - 裁縫室を増築。
1913年 - 校舎増築。運動場拡張。
1914年 - 北校舎を改造し、教員住宅建設。
1915年 - 南校舎を改造。集会場を増設。
1918年 - 中部農業補習学校が併設。
1923年 - 宮崎農業補習学校と改称。宮崎尋常高等小学校と併設。
1925年 - 第1回運動会を開催。
1930年 - 30周年記念式典が行われる。
1930年 - 校舎増築工事着工。
1941年 - 国民学校令公布。宮崎国民学校に改称。
1942年 - 学制発行70周年記念式を挙行。
1945年 - 疎開児童入学。
1946年 - 学校給食開始。
1947年 - 国民学校を小学校と改称する。