山田町
[Wikipedia|▼Menu]
.mw-parser-output .hatnote{margin:0.5em 0;padding:3px 2em;background-color:transparent;border-bottom:1px solid #a2a9b1;font-size:90%}

この項目では、岩手県の町について説明しています。その他の用法については「山田町 (曖昧さ回避)」をご覧ください。

やまだまち 
山田町
鯨と海の科学館
町庁舎位置


山田町旗1970年11月2日制定山田町章1970年11月2日制定

日本
地方東北地方
都道府県岩手県
下閉伊郡
市町村コード03482-7
法人番号2000020034827
面積262.81km2

総人口13,285人 [編集]
推計人口、2024年4月1日)
人口密度50.5人/km2
隣接自治体宮古市上閉伊郡大槌町
町の木すぎ
町の花はまなす
町の鳥うみねこ
山田町役場
町長[編集]佐藤信逸
所在地028-1392
岩手県岩手県下閉伊郡山田町八幡町3番20号
.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯39度28分04秒 東経141度56分56秒 / 北緯39.46767度 東経141.94892度 / 39.46767; 141.94892座標: 北緯39度28分04秒 東経141度56分56秒 / 北緯39.46767度 東経141.94892度 / 39.46767; 141.94892
山田町役場(2013年5月3日撮影)
外部リンク公式ウェブサイト

■ ― 市 / ■ ― 町 / ■ ― 村

地理院地図GoogleBingGeoHack
MapFanMapionYahoo!NAVITIMEゼンリン
ウィキプロジェクト
テンプレートを表示
山田町中心部周辺の空中写真。山田湾内に浮かぶ島はオランダ島、海面に見える無数の白い斑点は養殖用イカダである。1977年昭和52年)撮影の5枚を合成作成。
国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成。

山田町(やまだまち)は、岩手県沿岸中部の三陸地方に位置する、太平洋に面する

中心的産業はリアス式海岸を利用した養殖を中心とする漁業や観光であるが、山間部を中心に中小工場が稼働している。

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震東日本大震災)で、中心街を含む海岸部が大きな津波被害を受け、復興に取り組んでいる。
地理山田湾と山田港(2013年6月1日)

太平洋に面した町で、リアス式海岸である船越湾の北部と、船越半島、山田湾で海岸に面している。関口川や織笠川が山田湾に注ぎ、関口川河口のやや南に山田港があり、周辺に鉄道駅や役場、病院などが集中する。町の西端は高滝森で、西部一帯は、津軽石川の上流部の流域となっている。

2011年(平成23年)3月11日に起きた東北地方太平洋沖地震東日本大震災)では、地殻変動によって当地域の地盤が東南東へ25cmずれたことが、GPS(全地球測位システム)を用いた国土地理院測地観測センターによる分析の結果、明らかとなった[1]
主な地形

山地 :高滝森
(たかだきもり)、十二神山(じゅうにしんざん)、霞露ヶ岳(かろがだけ)

川・水系 :津軽石川(つがるいしかわ)、関口川(せきぐちかわ)、織笠川(おりかさかわ)

湾・海岸 :船越湾山田湾

気候

山田(1991年 - 2020年)の気候
月1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月年
最高気温記録 °C (°F)16.8
(62.2)20.7
(69.3)23.9
(75)32.7
(90.9)34.1
(93.4)35.2
(95.4)37.5
(99.5)37.2
(99)34.1
(93.4)29.9
(85.8)25.5
(77.9)24.6
(76.3)37.5
(99.5)
平均最高気温 °C (°F)5.9
(42.6)6.3
(43.3)9.5
(49.1)14.8
(58.6)19.0
(66.2)21.6
(70.9)25.0
(77)26.8
(80.2)24.0
(75.2)19.4
(66.9)14.3
(57.7)8.6
(47.5)16.2
(61.2)
日平均気温 °C (°F)0.5
(32.9)0.8
(33.4)3.7
(38.7)8.7
(47.7)13.4
(56.1)16.9
(62.4)20.8
(69.4)22.4
(72.3)19.3
(66.7)13.7
(56.7)8.0
(46.4)2.9
(37.2)10.9
(51.6)
平均最低気温 °C (°F)?4.1
(24.6)?4.2
(24.4)?1.6
(29.1)2.8
(37)8.2
(46.8)13.0
(55.4)17.6
(63.7)19.0
(66.2)15.3
(59.5)8.7
(47.7)2.4
(36.3)?1.9
(28.6)6.3
(43.3)
最低気温記録 °C (°F)?14.8
(5.4)?16.7
(1.9)?11.4
(11.5)?6.2
(20.8)?1.7
(28.9)1.7
(35.1)8.1
(46.6)8.9
(48)4.3
(39.7)?2.5
(27.5)?6.3
(20.7)?13.5
(7.7)?16.7
(1.9)
降水量 mm (inch)64.8
(2.551)54.2
(2.134)102.7
(4.043)109.5
(4.311)133.5
(5.256)150.3
(5.917)174.0
(6.85)182.7
(7.193)221.8
(8.732)182.3
(7.177)75.2
(2.961)69.9
(2.752)1,527.1
(60.122)
平均降水日数 (?1.0 mm)4.85.68.28.69.610.512.611.312.29.16.65.3104.7
平均月間日照時間174.3162.2187.2199.7206.5172.5153.6170.6139.6152.0157.6156.92,030.4
出典1:Japan Meteorological Agency
出典2:気象庁[2]

隣接する市町村
岩手県の市町村全図
“ ⇒
県内各市町村”. (公式ウェブサイト). 岩手県. 2011年5月5日閲覧。

宮古市 :北部で幅広く隣接。

上閉伊郡大槌町 :南部から西部にかけて幅広く隣接。

歴史

沢田地区の遺跡からは、縄文時代前期(約6000年前)の集落跡が発見されている。房の沢遺跡の古墳からは、蝦夷の首長の副葬品と思われる蕨手刀直刀が出土している。中世になると安倍氏奥州藤原氏の勢力下となる。

鎌倉時代から室町時代には、国府などへ軍馬を提供するための公的な牧場が置かれ、閉伊氏福士氏の一族が管理した。南部氏が領内統一し、盛岡藩が成立した後は、大槌代官所の管轄となる。江戸時代前期にはオランダ船が漂着するブレスケンス号事件が起きる。

太平洋戦争中は大日本帝国海軍航空隊の山田湾基地が置かれ、終戦間際に米軍による攻撃を受けた。終戦後は米軍基地を経て航空自衛隊山田分屯基地が置かれた。

2011年3月11日東日本大震災により町は大津波とそれが引き起こした津波火災に包まれ、JR東日本(当時)陸中山田駅周辺の17ヘクタールが焼失[3]するなど、高台の一部を残して町内は壊滅的被害を受けた。市街地の大幅な高台移転は、自家用自動車を運転しない高齢者の不便や道路の維持費といった問題が懸念されたため、陸中山田駅周辺に災害公営住宅など市街地を集約して、地盤を3メートルかさ上げしたうえで高さ10メートルの防潮堤で再度の津波から守る工事を実施した[3]
沿革
主な年表

1935年昭和10年)11月17日国鉄(JR東日本の前身)山田線豊間根駅陸中山田駅が開業。

1936年(昭和11年)11月10日:国鉄山田線の織笠駅岩手船越駅が開業。

1980年(昭和55年)7月17日:山田町(旧・山田町)出身の鈴木善幸が第70代内閣総理大臣に就任。

1983年(昭和58年)3月10日:国鉄山田線の織笠駅無人駅となる。

1985年(昭和60年)10月20日:山田町が千葉県山田町(現・香取市域)と姉妹都市提携。

1990年平成2年)8月2日:山田町が青森県平賀町(現・平川市域)と友好親善都市提携。

1999年(平成11年)5月国道45号上に道の駅やまだが開業。

2000年(平成12年)5月13日:オランダのザイスト市(en、ユトレヒト州)と友好都市提携。

2002年(平成14年):三陸沿岸道路山田道路が開通。

2002年(平成14年)8月2日:山田道路の山田南インターチェンジ山田インターチェンジが開業。

2003年(平成15年)8月31日上山田町長野県更級郡、現・千曲市)との姉妹都市提携を解消。

東日本大震災後

2011年(平成23年)3月11日:マグニチュード9.0の東日本大震災東北地方太平洋沖地震)が発生し、山田町は震度5弱(観測地点:八幡町地区)を記録した[4]。さらにこの地震が引き起こした大津波によって町は壊滅状態となった[5][6]

町域の地盤は東南東へ25cmずれた (#)。

町域にあるJR東日本(山田線)の駅のうち、陸中山田駅織笠駅は、周辺地域の駅同様、駅舎などが流失あるいは焼失し、線路にも多大な被害が出た[7]

3月17日 :IBC岩手放送(在・盛岡市)が、震災以前から難聴エリアとなっていた山田町と大槌町の一部地域に情報提供するため、山田町に臨時FM放送局「IBCやまださいがいエフエム」を開局[8]。後に正式な中継局となる。

5月31日 :長期ボランティアに入っている茶人の為公史が、自分のトラックに搭載した移動茶室を用いて、山田町から他地域への情報発信を目的としたインターネット放送局「光の茶会」を開局。Ustreamで20:00-21:00に毎晩、定時放送を行っているほか、昼間、解説つきで復興状況を詳しく報告している。山田町からの数少ない情報発信手段である。


2019年(平成31年)3月23日:東日本大震災の影響で運休が続いていたJR山田線宮古駅 - 釜石駅間を復旧し、三陸鉄道に移管。

行政区域の変遷(市町村制施行以後)

1889年明治22年)4月1日東閉伊郡内で町村制が施行される。[注 1]

山田村と飯岡村(いいおかむら)が合併した上で町制を施行し、山田町が成立。

船越村、織笠村(おりかさむら)、大沢村がそれぞれ単独で村制を施行し、新生の船越村織笠村大沢村が成立。


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:53 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef