山梨県立都留高等学校
.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯35度36分33秒 東経138度56分22秒 / 北緯35.60917度 東経138.93944度 / 35.60917; 138.93944
山梨県立都留高等学校(やまなしけんりつつるこうとうがっこう)は、山梨県大月市にある県立高等学校。
概要[ソースを編集]
校名は、万葉時代からの歌枕、甲斐国都留郡の郡名に由来する。それに因んだ折鶴の校章を用いる。
1900年(明治33年)、山梨県で2番目に開校した、郡内(県東部、南・北都留郡と西八代郡の一部)地方唯一の旧制中学校・山梨県立都留中学校と、大正12年創立の高等女学校・山梨県立都留高等女学校とを前身に持つ、山梨県屈指の伝統校である。学園祭は若鶴祭と呼ばれる。
山梨県で小学区制が導入されていた時、名前は都留であるが所在が大月市にあったため都留学区ではなく大月学区に属していた。そのため校名と都市名が同じ都留学区の都留市から受験する場合2001年までは大幅な入学制限があった。但し2002年より単位制を導入したことから大月学区からの指定が外れ、都留市からも大月市との制限なく入学できるようになっている。
沿革[ソースを編集]
明治33年(1900年)4月17日 - 山梨県中学校の都留分校として開校後、昭和23年(1948年)に学制改革により山梨県立都留第一高等学校に名称変更された[1]。
昭和25年(1950年)4月1日 - 高等学校再編成により山梨県立都留第一高等学校と山梨県立都留第二高等学校を統合して山梨県立都留高等学校を設置した[1]。
昭和53年(1980年) - 理数科を設置[1]。
平成14年(2002年) - 理数科新規募集を停止し、全クラスを単位制普通科に移行した。平成16年(2004年)に移行完了した[1]。
平成17年(2005年) - スーパーサイエンスハイスクール (SSH) の指定を受ける(平成21年度末まで)[2]。
平成19年(2007年) - 21世紀枠で春のセンバツ初出場を決める[1]。
平成22年(2012年) - 第2期のSSH指定を受ける[2]。
制服[ソースを編集]
男女ともに旧制中学校ないし高等女学校以来のデザインを堅持し、伝統校としての誇りを表現している。着こなしに関する校則も規律を重視して比較的厳しい。