山本 為三郎(やまもと ためさぶろう、1893年(明治26年)4月24日 - 1966年(昭和41年)2月4日)は、実業家。大阪市中央区船場生まれ。生家の名門山本家は、大納言・坂上田村麻呂の末裔で坂上姓を名乗った山本坂上氏である[1]。「ビール王」、「ホテル王」と呼ばれた。
略歴
1909年(明治42年)、旧制北野中学校(現・北野高校)在学中、「家業早期継承」のため父が隠居。家業を継ぐ。
1949年(昭和24年)、朝日麦酒(現・アサヒグループホールディングス)社長に就任。
サントリーにも関与。
その後、新大阪ホテル、大阪ロイヤルホテルを設立。
1955年(昭和30年)、東京交響楽団理事長に就任。
1966年(昭和41年)、実業家として現役のまま、急逝。
脚注[脚注の使い方]
注釈
出典^ 山本爲三郎翁傳編纂委員会 1970, pp. 4?5.
参考文献
山本爲三郎翁傳編纂委員会『山本為三郎翁傳』朝日麦酒、1970年4月。
関連項目
坂上頼泰
大山崎山荘美術館
民藝運動
外部リンク
⇒道修町の人々 山本為三郎