山本山
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山本海苔店」とは異なります。

この項目では、食品メーカーの山本山について説明しています。その他の用法については「山本山 (曖昧さ回避)」をご覧ください。
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株式会社山本山
Yamamotoyama Co., Ltd.
山本山(本社が入る日本橋高島屋ビル)
種類株式会社
本社所在地 日本
103-6111
東京都中央区日本橋2丁目5番1号
日本橋島屋三井ビルディング11階
設立1941年昭和16年)5月7日
(創業:1690年元禄3年))
業種食料品
法人番号7010001059334
事業内容日本茶・ティーバッグの製造加工、販売
食料品の販売および緑茶、海苔の輸出入業務
代表者山本嘉一郎代表取締役社長
資本金3400万円
純利益▲3億5790万4000円
(2023年2月期)[1]
純資産120億8008万6000円
(2023年2月期)[1]
総資産125億0930万8000円
(2023年2月期)[1]
従業員数350名(男子 90名・女子 260名)
主要子会社ヤマモトヤマ USA
ヤマモトヤマ ブラジル
関係する人物山本嘉兵衛(初代)
外部リンクhttps://www.yamamotoyama.co.jp
特記事項:1690年創業
レッド・ドット・デザイン賞受賞
ジャーマン・デザイン・アワード賞受賞
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株式会社山本山(やまもとやま)は、海苔お茶を製造している食品メーカー。『日本最古の煎茶商』で『玉露を発明』したことで知られている。本社所在地は東京都中央区日本橋二丁目。「上から読んでも山本山。下から読んでも山本山」というキャッチフレーズで広く知られる。

山本海苔店とよく混同される[要出典]が、まったくの別会社。所在が山本海苔店も山本山も日本橋であり、山本山が海苔を扱い始めてから混同されるようになった[要出典]。
概要

創業者の嘉兵衛は、山城国京都府南部、概ね京都市以南)にある宇治山本村(現在の同府宇治市山本)というところでお茶を作っていた。日々お茶を作る中で「宇治のおいしいお茶を、もっと多くの人に味わってもらいたい」という思いを抱き江戸に行く。1690年元禄3年)に日本橋和紙お茶茶器類等を扱う「鍵屋」を開業[2]

4代目の嘉兵衛の時に大きなチャンスが訪れる。永谷宗円永谷園の創業者・永谷嘉男の先祖。嘉男は宗円の10代後の子孫である)が宇治茶煎茶を開発、山本山は江戸で委託販売して莫大な財を成すことになった[3][2]。当時の煎茶は日干しで乾かした茶色い黒茶で味も良くなく、宗円が発明した煎茶は美しい黄緑色と、適度の渋み、苦みに、旨味、甘味を実現した画期的なものだった。さらに4代目の山本嘉兵衛は商品名に「天下一」と名付けて売り出すことで、江戸そして、全国で圧倒的な人気を博した。以降、山本家は永谷家に対して1875年明治8年)まで毎年小判25両をお礼として贈り続けた[2]

当時の江戸は1657年明暦3年)の「明暦の大火」で大被害に見舞われており、全国各地から腕利きの職人が上京し、江戸の町を復興させようという動きだった。以前は「1日2食」の質素な食事が基本だった庶民の食を蕎麦寿司天ぷらといった屋台がどんどんでき始め、山本山は「煎茶」を推進、飲料文化を急速に加速させた[3]

5代目、6代目も日本茶史に残る大きな業績を残す。「古今稀な知恵の持ち主」と宇治の生産者達からも評された5代目の嘉兵衛徳潤は当時マイナーな存在だった「狭山茶」を発掘して「霜の花」「雪の梅」と名付けて積極的に販売、狭山茶は「静岡茶」「宇治茶」と並んで「日本三大茶」と称される存在となった。6代目の嘉兵衛徳翁は、1835年天保6年)宇治小倉郷の木下吉左衛門宅にて製茶中の茶葉を露のように丸く焙ることを思いついて、やってみたところ甘露の味わいの絶品に仕上がることを発見。これこそが今日にも至る高級茶葉「玉露」の発明だった[3][2]

1947年昭和22年)9代目の邦一郎は料亭で有明海産の高級海苔を食べて感動したことと、お茶と海苔の旬が違うこともあり、もう一つの看板商品となる海苔の取り扱いを開始。1963年(昭和38年)の頃から「上から読んでも山本山。下から呼んでも山本山」で積極的なブランディングを展開。名コピーは9代目が考案したもの[4]。老舗とは思えないほど、時代の流れに合わせて積極的に事業展開を続け、1970年(昭和45年)にはブラジルサンパウロで初の海外出店。ブラジルで東京ドーム45個分もの面積の茶園を作ってお茶を生産する一方で、1975年にはアメリカロサンゼルスに現地法人「ヤマモトヤマ・オブ・アメリカ」を設立、日本茶や海苔の他、ハーブティーを販売し始める。


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