山形駅
東口(2022年4月)
やまがた
Yamagata
所在地山形県山形市香澄町一丁目1-1.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯38度14分55.35秒 東経140度19分38.84秒 / 北緯38.2487083度 東経140.3274556度 / 38.2487083; 140.3274556
山形駅(やまがたえき)は、山形県山形市香澄町一丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)奥羽本線の駅である。目次 当駅に乗り入れている路線は、線路名称上は奥羽本線のみである。当駅は奥羽本線上を走るミニ新幹線である山形新幹線の停車駅であり、一方、奥羽本線の在来線としての愛称として「山形線」が設定されている。また羽前千歳駅を終点とする仙山線、北山形駅を起点とする左沢線の列車も当駅まで乗り入れている。この両路線は軌間1,435 mmの標準軌の線路を使用する山形新幹線および山形線とは異なり、一般的なJR在来線と同様に軌間1,067 mmの狭軌であるため、両路線の列車は当駅 - 北山形駅 - 羽前千歳駅間では標準軌と並行して設けられた狭軌の単線を走行する。 山形駅は、1901年に官設鉄道が米沢駅からの延伸開通時に終着駅として旧山形城三の丸内に開業駅舎として設置され、1916年には2代目駅舎が完成した[2]。 戦後、山形駅前土地区画整理事業に則り、老朽化していた2代目駅舎を取り壊し、民衆駅として改築する計画が策定された。新駅舎は1966年に総工費約5億円余りを投じ着工され、翌年地下1階地上2階の山形民衆駅が完成した。また新駅舎の延床面積の80%部分には店舗として山形ステーションデパートが開業した[3]。 その後、山形新幹線の開業にあわせ、橋上駅舎の新築と山形駅ビルの改築そして東側の既存都市部と西地区の新都心地区を結ぶ自由通路の建設が策定され[4]、山形新幹線の開通時に橋上駅舎および旅行センターであるびゅうプラザ山形駅が開業した[5]。橋上駅舎の建設費は21億円で、そのうちの51%を自治省の承認を受け、山形市がJR東日本に負担(寄付)した[4]。また1993年には、総工費約130億円で建設した地下1階地上11階の「ホテルメトロポリタン山形」と地上5階のショッピングセンターである「メトロプラザ(現:S-PAL山形)」の開業によって新駅ビルは全面オープンした[6][7]。 駅ビルの建設に沿って、バス・タクシー・自家用車乗降場などを備えた東口駅前広場、駐輪場や駐車場のほか店舗、交番、山交バス案内所を設けた地上4階5層の山形駅東口交通センター[6]、および駅ビルと橋上駅舎のほぼ中央部を貫通して駅東口と西口新都心地区を結ぶ全天候型の東西自由通路「アピカ」も整備されている[8]。また2002年に駅東口のペデストリアンデッキが完成した[2]。 2020年には駅周辺の宿泊需要に対応させるため、「ホテルメトロポリタン山形」の増築棟として南館を開業し、併せて立体駐車場を整備している[報道 1][報道 2][報道 3]。 この節は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。
1 乗り入れ路線
2 歴史
2.1 年表
3 駅構造
3.1 のりば
4 駅弁
5 利用状況
6 駅周辺
7 バス路線
8 その他
9 隣の駅
10 脚注
10.1 記事本文
10.1.1 注釈
10.1.2 出典
10.1.2.1 報道発表資料
10.2 利用状況
11 参考文献
12 関連項目
13 外部リンク
乗り入れ路線
歴史
年表 駅周辺の空中写真(1976年9月)
国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真
出典検索?: "山形駅"
1901年(明治34年)
4月11日:官設鉄道奥羽南線の上ノ山駅からの開通時に終着駅として開業[9]、一般駅。
8月23日:官設鉄道が楯岡駅まで開通[10]、中間駅となる。
1909年(明治42年)10月12日:線路名称制定、奥羽本線所属駅となる[11]。
1921年(大正10年)7月20日:左沢軽便線(現在の左沢線)が羽前長崎駅まで開通[12]。