尾口村
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おぐちむら
尾口村
白山一里野温泉スキー場

尾口村旗尾口村章
尾口村旗尾口村章

廃止日2005年2月1日
廃止理由新設合併
松任市美川町鶴来町河内村吉野谷村鳥越村・尾口村・白峰村→白山市
現在の自治体白山市
廃止時点のデータ
日本
地方中部地方北陸地方
都道府県石川県
石川郡
市町村コード17348-7
面積137.52 km2
総人口692人
推計人口、2005年2月1日)
隣接自治体小松市吉野谷村鳥越村白峰村白川村
村の木
村の花ヤマユリ
村の鳥ウグイス
尾口村役場
所在地920-2395
石川県石川郡尾口村女原ト46番地
座標.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯36度16分54秒 東経136度38分53秒 / 北緯36.28164度 東経136.64814度 / 36.28164; 136.64814座標: 北緯36度16分54秒 東経136度38分53秒 / 北緯36.28164度 東経136.64814度 / 36.28164; 136.64814

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尾口村(おぐちむら)は、かつて石川県の南部に位置していたである。白山の登山口として知られていた。

2005年1月の時点で人口が石川県内では最少、日本国内では30番目に少ない村であった。

2005年2月1日に、野々市町を除く石川郡を構成する町村、ならびに松任市合併し、白山市になった。
地理
自然地理

白山国立公園の主峰・大汝峰 (2684m) を境に、南東は岐阜県白川村、西南は旧白峰村、西側は小松市・旧鳥越村に、北側は旧吉野谷村と接していた。1000m?2000m級の山々が連なっているため、耕地や宅地に適した土地は総面積のおよそ2%に過ぎない。起伏の激しい地形が多いため、集落は白山から流れる手取川とその支流の尾添川が形成した小規模な河岸段丘や川沿いの山腹斜面に点在している。

尾口村の植生は、標高400mから1600mに至る山地帯から、標高2000m以上の高山帯にかけて展開している。また、村の東側は、全面積のほぼ半分が白山国立公園に指定されている。そのため、夏にはクロユリやハクサンコザクラなどの高山植物が群生を形成するとともに、イヌワシニホンカモシカなどの多様な動植物が残されている。また、世界有数の豪雪地帯である。



白山(大汝峰)

四塚山 2519m

ショウガ山 1623m

三村山 1258m


河川

手取川

尾添川


湖沼・ダム

手取湖 (手取川ダム


隣接する自治体

石川県

石川郡 :
吉野谷村 - 鳥越村 - 白峰村

小松市


岐阜県

大野郡白川村


歴史

古くは、縄文時代中期中葉の古府式期につくられた遺跡が女原と尾添で発掘されている。

しかし、水稲が伝播したころから水田を作りやすい平野部に人が移ったため、過疎が進んでいく。その後、一帯には人々が集団生活を送っていた形跡はほとんどなく、史料の残る中世にまで歴史を譲ることとなる。

中世になると、日本三霊山のひとつ白山の杣取権(白山禅頂の社殿造営権)を巡って加賀・越前・飛騨の村で争いがたびたび起こった。1655年には加賀・越前両藩の間で争いが起こり、徳川幕府が仲裁をおこなうこととなる。最終的には、加賀藩主前田綱紀の岳父保科正之の斡旋によって1668年から白山麓十八ヶ村(東谷11ヶ村:瀬戸・女原・二口・五味島・釜谷・鴇ヶ谷・深瀬・下田原・島・風嵐・牛首、西谷5ヶ村:杖・小原・丸山・須納谷・新保、尾添谷:荒谷・尾添)は天領となった。

明治維新を迎え、白山麓十八ヶ村は1870年(明治3年)12月に本保県に入る。続いて1872年(明治5年)11月には石川県能美郡に含められ、石川県の管轄となった。 
沿革

1889年4月1日町村制の施行により、能美郡女原村、東二口村、瀬戸村、東荒谷村、尾添村、五味島村、釜谷村、深瀬村及び鴇ヶ谷村の区域をもって、能美郡尾口村が発足する。尾添と東二口から一文字ずつとって尾口村と命名。487戸・人口2085人。

1920年 尾添で全戸数の8割を消失する火災発生。その救済事業として、時の郡長・松本源祐から郡費補助を受けて白山登山新道を整備するとともに、岩間温泉を開く。

1949年 郡を石川郡に変更する。

1963年 38豪雪。 

1977年 白山一里野温泉スキー場開設。白山スーパー林道開設。「でくまわし」が国の重要無形民俗文化財に指定。

1979年 手取川ダム完成。釜谷・深瀬・五味島・鴇ヶ谷の4集落およそ100戸が水没。代替地の鶴来町深瀬新町等へ移住。

1981年 56豪雪。尾口村役場前で4.4m、一里野温泉スキー場で5m以上の積雪を記録し、スキー場は閉鎖された。 

1985年 村民アンケートの結果を基に「尾口村民憲章」「村木(すぎ)」「村花(山ゆり)」「村鳥(うぐいす)」を制定。

1987年 昭和9年以来廃道となっていた加賀禅定道が復元。

1988年 第1回一里野音楽祭開催。

1991年 白山瀬女高原スキー場開設。尾添川で日本最古級の恐竜化石(イグアノドンのひ骨)発見。

1993年 「おぐち」と「おくち」の二通りあった尾口村の呼称が、村当局と村民アンケートの結果から「おぐち」に決定。

1994年 集団移住が縁で交流を続けてきた石川県門前町と友好町村締結。(1668年に天領となる際、加賀藩残留を希望した村民が門前町へと移住した)

1997年 県内初のスキージャンプ台「一里野シャンツェ」が供用開始。

1999年 「Eメール村民制度」がスタート(2005年1月現在、村民は3800人を超える。なお、2005年2月の市町村合併に伴い廃止された)。

2005年1月16日 白山市への合併に向け、閉村式が行われた。

行政
村長

歴代村長[1]代人氏名就任退任備考
11佐藤清治郎1889年(明治22年)?月?日1891年(明治24年)3月10日
22小西義成1891年(明治24年)4月1日不詳
33鈴木金次郎1892年(明治25年)4月5日不詳
44山崎磯右衛門1892年(明治25年)10月29日不詳
55京正源之助1893年(明治26年)5月11日1894年(明治27年)1月15日公民権停止
6鈴木金次郎1894年(明治27年)2月2日不詳
7京正源之助1895年(明治28年)5月9日1896年(明治29年)4月29日
86山内円覚1896年(明治29年)5月11日不詳
9鈴木金次郎1896年(明治29年)6月30日不詳
107山瀬正俊1899年(明治32年)9月14日1903年(明治36年)9月13日
118猪俣徳松1903年(明治36年)10月10日1904年(明治37年)7月15日


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