小机町
町丁
小机城址
.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯35度30分36秒 東経139度35分49秒 / 北緯35.510136度 東経139.596831度 / 35.510136; 139.596831
国 日本
都道府県 神奈川
市町村 横浜市
行政区港北区
人口情報(2024年(令和6年)4月30日現在[1])
人口12,893 人
世帯数6,387 世帯
面積([2])
2.653 km²
人口密度4859.78 人/km²
設置日1927年(昭和2年)4月1日
郵便番号222-0036[3]
市外局番045(横浜MA)[4]
ナンバープレート横浜
ウィキポータル 日本の町・字
ウィキポータル 神奈川県
ウィキプロジェクト 日本の町・字
テンプレートを表示
小机町(こづくえちょう)は、神奈川県横浜市港北区の町名。「丁目」のない単独行政地名。住居表示未実施区域[5]。 鶴見川南側の平地と丘陵地からなる。鶴見川遊水地を兼ねて造られた新横浜公園には横浜国際総合競技場などのスポーツ施設がある。小机駅西方に突き出した台地上には戦国時代に小机城があった(現在は小机城址市民の森として整備されている)。 住宅地の地価は、2024年(令和6年)1月1日の公示地価によると、小机町字伊勢原378-16の地点で177,000円/m2[6]、小机町字打越1370-43の地点で209,000円/m2[7]となっている。 戦国時代に小机城が造られ、後に後北条氏によって使用された。初めは橘樹郡小机村といい、1889年町村制施行により他の大字と合併して、小机村大字小机となった。小机村は1902年に小机城に因んで城郷村に改称された。
地理
字
.mw-parser-output ruby.large{font-size:250%}.mw-parser-output ruby.large>rt,.mw-parser-output ruby.large>rtc{font-size:.3em}.mw-parser-output ruby>rt,.mw-parser-output ruby>rtc{font-feature-settings:"ruby"1}.mw-parser-output ruby.yomigana>rt{font-feature-settings:"ruby"0}宮原(みやはら)
泉谷(せんごく)
伊勢原(いせはら)
宮之下(みやのした)
北根方(きたねかた)
南根方(みなみねかた)
土井谷(どいやと)
道慶谷(どうけやと)
打越(うちこし)
宿之前(しゅくのまえ)
城坂下(しろさかした)
堂之脇(どうのわき)
下埜(しもの)
中外埜(なかそとの)
新田(しんでん)
上外埜(かみそとの)
横堤下(よこつつみした)
大沼(おおぬま)
下外埜(しもそとの)
愛宕下
池土腐
下野[2]
地価
歴史
沿革
1927年(昭和2年)4月1日 - 横浜市に編入され、小机町となった[8]。
1927年(昭和2年)10月1日 - 横浜市の区制施行により、神奈川区が設置され、横浜市神奈川区小机町となる[9]。
1939年(昭和14年)4月1日 - 港北区が新設され、横浜市港北区小机町となる[10]。
1969年(昭和44年)10月1日 - 行政区の再編成に伴い、横浜市港北区小机町となる[11]。
1977年(昭和52年)10月28日 - 一部を神奈川区菅田町に編入、緑区東本郷町との境界を変更する[12]。
Size:36 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
担当:undef