てらしま ゆふ
寺嶋 由芙『寺嶋由芙の会いに行くつもり』大阪公演にて(2017年11月)
プロフィール
別名義テラシマユフ
愛称ゆっふぃー
生年月日1991年7月8日
現年齢32歳
出身地 日本 千葉県
血液型O型
公称サイズ(2021年時点)
身長161 cm
単位系換算
身長 / 体重5′ 4″ / ― lb
活動
デビュー2010年
ジャンルJ-POP
ソロアイドル
所属グループBiS(2011年 - 2013年)
Charat(2019年 -)
Simpαtix(2020年 -)
活動期間2010年 -
事務所つばさプラス(2011年 - 2013年)
ユニバーサルミュージック&EMIアーティスツ合同会社(2014年‐2016年)
ディアステージ(2016年‐2020年)
フリーランス(2020年 - )
レーベルAVOCADO records
ユニバーサルミュージック
EMI Records
#Yuffy_Store
インペリアルレコード(テイチクエンタテインメント)
公式サイト ⇒公式ウェブサイト
受賞歴ミスiD2014・アマテラス特別賞(ダブル受賞)
TIF2018 - 2020アイドルクイズ王決定戦 優勝(3連覇)[1]
アイドル: テンプレート - カテゴリ
寺嶋 由芙(てらしま ゆふ、1991年7月8日[2] - )は、日本の女性ソロアイドル。愛称は「ゆっふぃー」。キャッチフレーズは「古き良き時代から来ました。まじめなアイドル、まじめにアイドル。」。千葉県出身。フリーランス。
2014年、シングル「#ゆーふらいと」でソロデビュー。2015年にはシングル「ふへへへへへへへ大作戦」でメジャーデビュー。2013年「ミスiD 2014」、「アマテラス特別賞」をダブル受賞[3]。ゆるキャラに造詣が深く、各地のキャラクターイベントにもMC出演する、自称「ゆるドル」[4]。ファンの呼称は「ゆふぃすと」[5]。
略歴
生い立ち
幼少期
“寺嶋由芙”は本名。“由”を母親の名前から、“芙”は「美しい」という花言葉を持つ芙蓉からもらい、父親が“由芙”と命名。出生時は仮死状態だったが、そのまま1か月間入院して助かる。幼稚園の頃から、近所にできたダンス教室に通い始め、安室奈美恵やSPEEDなどの曲に合わせ身体を動かした。その後も中学校を卒業するまでレッスンを続ける[6]。
小学生 - 中学生
小学校に入ったころからモーニング娘。に憧れ、アイドルになることを夢見て歌やダンスなどを真似るが、なかなか「なりたい」とは周囲に言えずにいた。小中学校では「学級委員系女子」だったが、友達関係はダンスを通じて広がっていく。家族とは、月に1度のペースでカラオケに行くのが恒例だった。
2002年、『ハロー!プロジェクト・キッズ オーディション』を受けるも、一次審査で落選し、人生初の挫折を経験する[7]。
小学校高学年から中学2年くらいまでは、渋谷にある広瀬香美のボーカルスクールにも、最年少で通う。
近くに引っ越して中学校では学区が変わると、アイドル志望を口に出さなくなり[8]、ORANGE RANGEのファンになる。また、演劇部に入り、音響や照明の任務にやりがいを見出す。
そんな中、演劇部メンバーにいたアイドルの活躍を真近で見るうちに「やっぱりやりたい」との思いが沸いてくる。
高校生 - 大学生
2007年、AKB48の第1回研究生(4期生)を受けるが、落選。ただし今回はアイドルをとことん目指すと覚悟を決め、すぐに次のオーディションへと気持ちを切り替える。高校生の頃は自分で情報収集をし、親や友達にも言わずに東京のオーディションをいろいろと受ける。E-girls結成前のEXPGにて、初回オーディションを受けて落選。
高校では、アコースティック・ギター部に入って歌ったりしていた[9]。
やがて高校3年になると受験勉強に専念し、具体的にアイドルに繋がりそうな動きを起こせなかった[10]。
国語教員の資格を取るという外向きな理由と、安部公房の作品に惹かれていたこともあり、早稲田大学文学部日本語日本文学コース専攻に入学[11]。
地下アイドルからグループへ
BiS加入前
2010年、高校卒業直前の春休みに原宿でスカウトされ、それらの事務所の1社に登録するが、その後1年待っても仕事をもらえず、辞める。
大学の友人による当時まだ珍しかったゲーム実況の配信や、ボーカルスクールの先輩卒業生である川嶋あいの路上ライブに感銘を受け、自己プロデュースに乗り出す[12]。
インターネットで探した作曲家にオリジナル曲を依頼し、秋葉原のライブハウスや地下アイドルイベントの人脈も紹介され、チェキなどの売上をお小遣い帳に付けてもらう。その頃に姫乃たまとも知り合う。
出演者の多くが他の仕事をしながら趣味でやっており、それに気付いて自身は本業アイドルを志向する立場として再びオーディションに挑戦。
折しも初期のBiSに欠員が出るタイミングで、オーディションを見に来たプロデューサーとメンバーに声をかけられる[13]。
BiS加入後
2011年7月9日、テラシマユフの名でBiSに加入し、新メンバーとしてお披露目[14]。
グループアイドルの一員としてステップアップに感激する。が、まだまだ手作りであり、また、ちゃんと歌って踊るだけを求められるグループではなかった。グループ内では摩擦も生まれると知り、楽しく続けるためにも、あえて他のメンバーと被らない個性として「真面目さ」を打ち出していった[13]。
2013年5月26日、BiSを脱退。事務所によると脱退理由は「真面目すぎるがゆえにBiSの方向性についていけなかったため」[15]。
以来、再びソロアイドルとして活動。
ソロアイドル
2013年
9月20日、『ミスiD2014』において、一般投票で1位を獲得し、「ミスiD 2014」と「アマテラス特別賞」をダブル受賞[16]。
その頃、ディレクターの加茂啓太郎(当時ユニバーサルミュージック)に見出される。
2014年