富士通ゼネラル
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株式会社富士通ゼネラル
Fujitsu General Limited.

種類株式会社
市場情報東証プライム 6755
略称富士ゼネ、ゼネラル、FGL
本社所在地 日本
213-8502
神奈川県川崎市高津区末長三丁目3番17号
設立1936年昭和11年)1月15日
業種電気機器
法人番号6020001066941
事業内容家電製品、情報通信機器(主要商品を参照)
代表者代表取締役社長 斎藤悦郎
資本金181億7208万円(2023年3月現在)
売上高連結 3,710億19百万円
単独 2,544億17百万円
(2023年3月期)
営業利益連結 150億98百万円
単独 16億51百万円
(2023年3月期)
経常利益連結 174億32百万円
単独 139億35百万円
(2023年3月期)
純利益連結 86億94百万円
単独 99億52百万円
(2023年3月期)
純資産連結 1,395億70百万円
単独 1,168億49百万円
(2023年3月現在)
総資産連結 2,983億90百万円
単独 2,301億23百万円
(2023年3月現在)
従業員数連結 8,335人
単独 1,729名
(2023年3月現在)
決算期3月31日
主要株主富士通 44.08%
(2020年3月現在)
関係する人物八尾敬次郎(創業者)
外部リンクhttps://www.fujitsu-general.com/jp/
特記事項:富士通の持分法適用会社、および古河三水会の会員会社である。
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株式会社富士通ゼネラル(ふじつうゼネラル、: FUJITSU GENERAL LIMITED)は、神奈川県川崎市高津区に本社を置く、富士通グループの電機メーカー

東証プライムに上場している。古河三水会会員会社。
概要

旧来はブラウン管テレビ1995年頃に撤退)を主力製品としたが、現在は売上額の8割以上をエア・コンディショナー脱臭機など冷暖房、空調機器が占める。空調機器の連結売上高のうち、約8割をルームエアコンのシェアが高いヨーロッパ中東オーストラリア各国など日本国外で売り上げる他、市町村防災消防救急など各種ソリューションも取り扱う。

1963年ホームシアター商標登録するが、1999年に無償開放する。

1993年プラズマディスプレイを「プラズマビジョン」として21インチサイズで世界で初めて商品化する。

1997年11月、42インチワイドタイプ16:9画面プラズマテレビプラズマディスプレイを世界で初めて商品化、発売。

2001年3月にフルデジタルビデオプロセッサ画像エンジン「AVM」を開発。搭載した16:9画面プラズマテレビを世界で初めて商品化。同業他社からもソニーベガエンジン」などが開発される。

2003年、フィルター自動清掃機構をルームエアコンとして世界で初めて搭載する「nocria(ノクリア)」を発売。2006年以降、同業他社からも類似機能を搭載するエアコンが発売される。

国内販売するエアコンは「FUJITSU」ブランドだが、中東やインドでは「GENERAL」ブランドで販売、香港南ヨーロッパの一部地域では「GENERAL」「FUJITSU」両ブランドで販売され、中国では「富士通将軍」(繁体字: 富士通將軍、簡体字: 富士通将?)と呼称される。富士通ゼネラルと、日本ゼネラルアプライアンス、アメリカゼネラル・エレクトリックイギリスゼネラル・エレクトリック・カンパニー、各四社は相互に無関係である。
沿革

1936年昭和11年)1月15日 - 八尾敬次郎が株式會社八歐(やおう)商店を東京・浅草に設立。蓄音機とその付属品の製造、販売を開始。

1938年(昭和13年) - ラジオを製造開始。

1941年(昭和16年) - ラジオのほか無線機、測定器、拡声装置を製造。

1942年(昭和17年)8月 - 八歐電機株式會社へ社名変更。

1946年(昭和21年) - 商標「ゼネラル」の使用を開始。

1947年(昭和22年)11月 - 有限會社八歐無線電機製作所を吸収合併し、八欧無線電機株式会社へ社名変更。

1948年(昭和23年)11月 - 八欧無線株式会社へ社名変更。

1950年(昭和25年) - スーパーヘテロダイン方式ラジオを生産開始。

1952年(昭和27年) - テレビの量産化に着手。

1953年(昭和28年) - 噴流式電気洗濯機の生産を開始。

1955年(昭和30年)2月 - 八欧電機株式会社へ社名変更。

1960年(昭和35年) - ウィンド形クーラーを発売。

1964年(昭和39年)

電気冷蔵庫の本格的生産ラインを設置。

岩手県で「ゼネラル電子工業株式会社」(現・富士通ゼネラルエレクトロニクス)を設立。

神戸工業(現・デンソーテン)と共同開発したCRT「カラーネトロン」を搭載した全トランジスタ式ポータブルカラーテレビを発表[1]


1966年(昭和41年)11月 - 株式会社ゼネラルへ社名変更。

1967年(昭和42年) - 山形県で「新庄電機株式会社」(後の新庄富士通ゼネラル)を設立。

1968年(昭和43年) - 電子式卓上計算機を本格的に製造開始。

1969年(昭和44年) - 電子キャッシュレジスター(ECR)を世界で初めて開発。

1971年(昭和46年) - カセット形クーラー「ミンミン」を開発。業界で先駆け中近東へウインド型エアコンを輸出開始。

1973年(昭和48年) - 静岡県で「中部ゼネラル株式会社」(現在の浜松事業所)を設立。

1976年(昭和51年)

山形県で「米沢ゼネラル株式会社」を設立。

ニューヨークで「テクニカ社」を設立。


1977年(昭和52年) - ロンドンで「テレトン社」を設立。

1978年(昭和53年)

豪州シドニー「GCA社」の経営権を取得。

デュッセルドルフで「GCE社」を設立。


1980年(昭和55年) - ブラジルサンパウロで「ゼネプラス社」を設立。

1982年(昭和57年) - 国外市場で大型スプリットエアコンを発売。

1984年(昭和59年)9月 - 富士通と資本、業務提携。

1985年(昭和60年)

「株式会社富士通ゼネラルシステムエンジニアリング」を設立(後に富士通パブリックソリューションズを経て、富士通に統合)。

10月 - 株式会社富士通ゼネラルへ社名変更。


1986年(昭和61年) - 香港で「FGL(H.K.)社」を設立。


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