富の再分配
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G7諸国における所得再分配後のジニ係数

富の再分配(とみのさいぶんぱい、: redistribution of wealth)または所得再分配(しょとくさいぶんぱい、: income redistribution)とは、租税社会保障公共事業などを通じて、総所得金額の多い世帯から別の総所得金額の低い世帯へと所得を移転させて、所得格差を抑えることをいう[1]

貧富の差を緩和させ、階層の固定化とそれに伴う社会の硬直化を阻止して、社会的な公平と活力をもたらすための経済政策の一つであるとされる。富の再分配・所得再分配が指し示す範囲はかなり広く、富裕層貧困層間の所得移転から先進国途上国間の所得移転までも議論の対象となる。

富の再分配・所得再分配は、低所得者にも社会階層において上昇する可能性を高める効果がある。そのため、社会的な公平性担保や貧困対策という面だけでなく社会の活力を維持する見地からも重要である。

また、ジョン・ロールズのいう無知のヴェール(どの所得階層の家庭に生まれるか事前に分からないこと)を仮定したとき、所得再配分は、ある種の社会保険としての性格をもつ。

どの水準による再分配が適切と言えるのかはそれぞれの文化における価値観によって異なり、富の再分配にどのような手法を使うか、どの水準の分配を行うかは各国でさまざまな議論がある。
沿革

19世紀から20世紀にかけての欧米諸国では、拡大しすぎた貧富の差とそれに伴う様々な社会矛盾を解消・緩和するため政府による福祉政策の充実が進んでいった。そして20世紀中期-後期までにヨーロッパ諸国では、福祉国家の建設が目指されるようになった。こうした福祉国家政策は社会の安定と継続的な経済発展をもたらし、先進諸国の国民からは大いに歓迎された。

しかし、福祉国家体制は大きな財政負担を伴うものでもあり、インフレーションを促進する傾向があった。1970年代石油ショック後は、日本を除く先進各国は不況にもかかわらずインフレーションが続くスタグフレーションに見舞われた。1980年代からはミルトン・フリードマンなどの主張にもとづいて、アメリカや英国を中心として福祉国家政策が見直され、経済社会における所得再分配の機能を抑制し、経済競争を重視する政策が採用されるようになった。累進課税はしだいに弱められ、人頭税の導入も提案された。もっとも、アメリカ合衆国では、伝統的に所得再分配に否定的な価値観が根強く、高度な福祉国家的政策がとられたことはない。そして、イギリスにおいては、サッチャー政権期に人頭税導入が打ち出されたものの、国民の激しい反発に遭い頓挫した。

日本でも、再分配機能の高度化による経済非効率が見られ始めたとマスコミ及び学者の間で主張されるようになり、1980年代前期には中曽根内閣による精力的な行政改革が行われたが、英国ほど徹底したものではなく、1990年代小沢一郎らがより本質的な改革を主張するに至った。

1996年に発足した橋本内閣では、再び再分配政策の見直しが進められ、1997年に消費税増税、1999年に所得税減税が実行された。橋本内閣による財政改革は、他の先進国と所得税税率や法人税率を揃えることを名目としたものであったが、デフレーション信用収縮という、再分配抑制の負の面が強く現れる結果となった。2000年代にも小泉内閣によって再分配抑制策が継続された。
経済政策としての例

経済政策を大別すると、所得再分配(パイの分割)と効率的な資源配分(パイの拡大)とに分けられる[2]。所得再分配政策は、高所得者から低所得者に直接所得を移転させる方策ではなく、政府が間に入り税制・社会保障制度の活用によってなされる政策である[3]
租税制度による所得再分配

累進課税・相続税富裕税などにより中央政府地方政府が富裕層からより多くの租税を収取し(応能負担)、貧困層などに対する行政サービスの原資とするものである。
社会保障制度による所得再分配

公的年金医療介護などの社会保障給付による富の再配分である。応能負担の原則に応じ、所得の高い者にはより高い負担率で税金や社会保険料を課すことがある。
労働保障制度による所得再分配

労働者の給与や福利厚生を保障することにより直接富が労働者に回るよう講じる方法である。労働法による最低賃金規定、給与と会社との債務の相殺の禁止等である。
優遇税制度による所得再分配

税制優遇処置により富を社会福利の方面へ誘導する方法である。寄附金控除制度や学校法人、NPO法人等公益法人の特別税制などがある。
経済政策との関係

配分方法で社会を区分すると、伝統経済計画経済市場経済の3つに分けられる[4]。2005年現在のほとんどの地域では市場経済による資源の配分方法が採用されている[4]。資源の分配は可能な限り公平に、配分は効率的に行う必要があるが、効率と公平はトレードオフの関係にある[4]

経済学が想定する再配分政策は「経済主体がそれぞれ自ら意思決定を行い、私的所有が保障されていること」を初期条件に設定している[5]。経済学では、富の再分配は、パイの切り方に喩えられることがしばしばである。効用の観点から見た場合、パイの切り方を変えることで、パイを食べることで得られる主観的な満足感の総計が変化することが問題とされる。これに対して効率性の観点から見た場合、パイの切り方によって、パイの客観的な大きさ自体が変化することが問題とされる。

低成長化で所得のパイが増えない中での低所得者の所得減少、企業のリストラを背景とした中高年の所得格差の拡大、若年層の高失業化に伴うフリーターの増加は資産形成に大きな影響を与える[6]

再分配の問題については、人々の勤労観・公平感を刺激するため価値観の衝突が起こりやすい[7]

所得再配分を肯定する立場からは、経済全体のアウトプットの低下がないかぎり、経済全体の効用の総計を増大させるものとして、限界効用逓減の法則に基づく功利主義の見地において肯定される[8]。また、より高い消費性向を有する低所得者への再分配を肯定する見方もなされており、具体的には、生産設備の過剰によって設備稼働率および投資収益率が低下しているような不景気の局面において、有効需要の増加をはかり、それによって経済を拡大させるというものである。

所得再分配に否定的な議論では、分配を受ける者にとって生活の不安定性を解消して労働の必要性を減少させ、労働意欲を阻害するとされる。また、分配のための収奪を受ける者にとっては、自己の労働から得られる限界収益が低下させられることにより、労働意欲が低下する。以上より、所得再分配は、経済全体としてのアウトプットの低下を招くという(インセンティブ・平等のトレードオフ)。経済全体としてのアウトプットの増加をはかるためには、所得再分配を抑制することが有効であるとする。具体的には、より高い貯蓄性向を有する富裕層の減税による貯蓄の増加と労働意欲の向上、合わせて企業減税による投資の増大によって経済を拡大させるというものである。歴史的にはレーガノミクスなどの経済政策がこの考え方に基づいている。

所得再分配を累進課税や負の所得税、日本のデフレ手当など個人に対する一律給付と、特定産業に対する補助金や小規模宅地所有者への優遇税制など個人の生活水準以外の基準に基づく再分配に分類し、後者は市場による資源配分をゆがめ非効率な産業の温存をもたらすとする見解もある[9]
日本の状況「日本の福祉」も参照

日本国内の所得再分配に関する統計として、厚生労働省の行う所得再分配調査があり、3年に1度、世帯の当初所得や税・社会保障による再分配の状況が調査され、ジニ係数などが発表される。
世帯所得別の再分配

2023年の所得再分配調査によれば、日本では世帯所得が600万円を超えるまでは『受益超過』となっていて、日本の税制度の恩恵を受ける側となっている。 日本における年齢別所得再配分(所得再分配調査)
青線は額面所得、橙線は再分配後の所得
世帯主年齢別再分配

世帯主年齢別の再分配状況は以下の通りである。 日本における年齢別所得再配分(所得再分配調査)
青線は額面所得、橙線は再分配後の所得
学者の見解「正義#アリストテレス」および「厚生経済学」も参照


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