密室殺人
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密室殺人(みっしつさつじん、: locked room murder)は、推理小説などのフィクションで、密室(外と出入りができない部屋)の内部で人が殺されており、なおかつ、その犯人が室内に存在しない状態のこと[1]。推理小説の設定のひとつである「不可能犯罪」の一種[1]
概論

密室殺人は、「偽造アリバイ」と並んで本格推理小説の代表的な題材である。特定の登場人物(犯人)による犯行が不可能であるように見せかけるのがアリバイトリックであるのに対して、登場人物のみならず作品世界の全人類に実行が不可能であるように見せかけるのが密室トリックである。この見せかける主体は第一に作者であるが、作品中に密室殺人を現出させるにおいては、「犯人の意図」「被害者を含む犯人以外の意図」「偶然の作用」の三つの経路があり、さらにこの三つはしばしば入り交じる。作者がダイレクトに読者に作用を及ぼす叙述トリックは、密室構成への適用はごく少ない。

基本的に、アリバイトリックの場合は解決編で初めてトリックが使用されていたことが判明するのに対し、密室トリックの場合は、自殺や事故だと結論付けられる直前で主人公がトリックが使用されていたことを見破るなど序盤で読者にトリックの存在を明かす展開が多い[注 1]

推理小説における「密室」とは、一見 人の出入りが不可能な部屋を指す。「内側から施錠された部屋」が典型例である。密閉の厳重さは、人はおろか空気の流通さえない状況を提示して、を強調する作例がある。逆によりゆるやかな状況、出入りが可能でも足跡がないことなどにより犯行時には人の出入りはなかったと判断されたり、絶えず視線にさらされていたがため密室であったとみなされる作品もある。また球場、列車、都市など部屋よりもはるかに広い空間が閉鎖下にある場合や、崖や川など、自然の造形が隔絶に一役買っている空間が密室に見立てられることもある。また被害者ではなく容疑者や凶器などを密室に置いて、鉄壁のアリバイに等しい、限定された不可能というべき状況を提示した作品もある。

密室で他殺死体が発見されながら、室内に犯人がいないという、狭義の密室殺人の場合、以下の要素のいずれかに欺瞞(トリック)が存在する。
外部の力が及ばない

室内で

閉鎖期間中に

他の人間によって

殺害され

閉鎖解除と同時に

犯行と

加害者たり得る人間の非在が

確認される
エドガー・アラン・ポー

推理小説の元祖とされるエドガー・アラン・ポーの『モルグ街の殺人』以降、多くの作家の手によってヴァリエーションを増やし、部屋や閉鎖とは無縁な状況が次々考案されるに至り、「不可能犯罪」(impossible crime) の概念が見出されることになった。サブジャンルとしての隆盛にはジョン・ディクスン・カーの貢献が大きい。日本でも江戸川乱歩から現代に至るまで消長はあっても一定の人気を得てきた。横溝正史は「一人二役」「顔のない死体」とともに推理小説の三大トリックとしている。

カーが長編小説『三つの棺』(1935) の一章をレクチャーに割いて以降、トリックの分類自体が読み物として幾分の人気を得て、小説内の講義や独立の文章として何種類かが発表されている。またロバート・エイディー (Robert Adey) の "Locked Room Murders and Other Impossible Crimes" では、小説中の不可能犯罪の状況と解決の要約が2000篇以上まとめられている。
密室殺人への評価

密室殺人を扱う推理小説には、トリックと、不可能と思われていたことが、実は可能だったと示す解決が必要である。ファンは、その単純かつ強烈な効果やトリックの独創性を堪能し、他方陳腐さや実現困難性、現実性の欠落などを批判する。

密室トリックは目的によって2種類に分けられる。不可能を可能にすることと、可能を不可能に見せかけることである。前者はすでに存在する密閉を突破するトリック、後者は犯人が偽の密閉を生成するトリックと言える。後者は前提に限定が少ない分変化をつけやすく、圧倒的に多い。ジャック・フットレルの『十三号独房の問題』は前者だけで構成されている数少ない作品である。数少ないというのは、犯人は当然捜査陣から具体的な方法を隠す必要があるので、トリックによって可能になっても、不可能に見せかけなければならないからである。

特に長編において、実は自殺、抜け穴、「針と糸の密室」、殺人機械などという解決は批判される。千篇一律の類例、読者の知り得ない技術はアンフェア、気のきいた手掛りを配置し難い、逆に普通に伏線を張れば読者に一目瞭然といった理由である。ただし新たな工夫を加えて高評価を得ることもできる。室外から糸を引けば掛金がかかるようにその糸を張るため、適当な場所に針を打つという「針と糸の密室」を例にとると、糸を室内へ通す空隙にトリックを凝らしたカーの長編や、極端にスケールアップして別物に見える横溝の『本陣殺人事件』(1947、探偵作家クラブ賞受賞)などがある。

独創性については現在までに「ネタが出尽くした」とも言われ、新しいトリックは生み出しにくいとされる。乱歩も『類別トリック集成』(1953)の中で新たな密室トリックを見つける困難にふれている。

意図的な密室の場合まず必要になるのは実行動機である。以下のような理由が、設定された犯人にとっては、密室を作り出す手間や露見のリスクを圧倒しうると読者が納得しなければ、現実的ではなくアンフェアという批判の対象となる。

実行動機が発生時に推測できる場合
自殺に偽装

超自然現象に偽装

殺す相手が密室内にいる

密室内の第三者に罪を着せる


実行動機が解決時まで不明な場合
方法が判明しなければ立件は不可能

事件発覚、または嫌疑をかけられるまでの時間をかせぐ

自己顕示欲の発露、リスクを問題にしない精神状態

実は事故や自殺だった、殺人者があずかり知らぬ偶然や第三者の工作によって密室殺人と化す、などの作例も多い。

蓋然性の問題は「絵空事で大いに結構。要はその世界の中で楽しめればいいのさ」(綾辻行人『十角館の殺人』)など、娯楽性を優先する見方もある。

作品の評価は読者の知識や嗜好、シリーズ物か否か、長編か短編か、シリアスや戯作仕立てか、作者の筆力などにも左右される。効果が重視される短編においては一か所際立った部分があれば他の部分に筆を惜しんでもある程度は許容され、ユーモアミステリの場合は説得力の薄弱はある程度は大目に見られる。十分な筆力があれば多くの難点をカバーしうる。なお作品の評価は高くても、密室の部分についてはあまり問題にされない作品もある。たとえば島田荘司の『占星術殺人事件』はその一例である。高木彬光の『刺青殺人事件』も、密室トリック自体は平凡なことは作中で神津恭介が言うとおりである。
密室殺人の様式

ここでは状況の各パターンについて解説する。生成方法のパターンについては密室の分類と密室講義を参照されたい。

密室殺人という言葉はしばしば不可能犯罪と同義に使われる。狭義の密室殺人は施錠によって内側から密閉された部屋で、閉鎖解除と同時に他殺死体が発見される、という設定である。

外側からの閉鎖の例も多い。監視下にあって事件に関連しうる時間内には出入りがないと確認された部屋での殺人である。この場合監視の中断の有無が問題となる。外側からの施錠を密室に仕上げるには、封蝋や、合鍵の存在を否定しておくなどして、途中の閉鎖解除がない、あるいはないと思わせる必要がある。

砂やぬかるみ、雪などがあり、人が通れば必ず足跡を残すはずなのにないという設定もある。「二次元の密室」「雪の密室」「足跡のない殺人」などと呼ばれる。これには二つのパターンがある。砂ほかに回りを取り囲まれた建造物の中で死体が見つかる場合と、屋外で死体が見つかるが被害者以外の足跡がない場合である。足跡が付く間は密閉が続いていると考えられる。

以上の設定に人間の消失を加えた例もある。施錠中にたとえば窓から被害者以外の人物が確認されるが入ってみるといない、監視中に入って行く人物が観察されるが出て来るところは見られていない、被害者以外の足跡もあるがその主は建造物の中あるいは被害者の脇にいない、などである。

他にもたとえば、床がきしみやすく足音をたてずにはいられない、窓と扉の隙間にはすべて接着剤を塗った紙を内側から貼ってある、池の中の小島が現場だがボートや潜水服はなく水中はが大発生しており泳いで渡ることはできないなどの設定がある。

密室殺人とは言い難い不可能犯罪としては「衆人環視の殺人」がある。目前の人間が倒れたので近寄ってみると殺されているが、周辺には誰もいなかったという設定である。

多くの人間を擁した島嶼、船舶、列車、建造物などが、人為や自然現象で密閉されている中、殺人が起るという設定の小説があり、「孤島もの」「雪の山荘」「クローズド・サークル」などと呼ばれるが、密室の一種と見なす向きもある。アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』(1939)は、孤島の連続殺人で生き残りの中に犯人がいるはずが、最後の一人が吊り下げられた輪なわを発見した時点で、本来の密室殺人へと様相を一変する。同様に作者がやはり最後まで隠したところ、設定を忘れてもトリックは記憶に残った読者が、密室物として喧伝するという不幸のもとにある小説も存在する。
日本における「密室」という言葉の起源

江戸川乱歩は『D坂の殺人事件』『屋根裏の散歩者』(1925)などの作品で密室状況を扱っているが、文中に「密室」という言葉は用いられず、評論『入り口のない部屋・その他』(1929)、『楽屋噺』(1929)では、「出入り口のない部屋」、『ヴァン・ダインを読む』(1929)では、「室外にいて室の内側からドアに錠をおろすトリック」という表現を使っている。その他の作家も「密閉室内よりの犯人逃走」(大庭武年『13号室の殺人』1930)や、「密閉された室内」「内側から密閉された家屋」(葛山二郎1931)としか書いていなかった。

乱歩が雑誌『探偵小説』に寄せた『探偵小説のトリック』(1931)で、ルルーの『黄色い部屋の秘密』について「あの素晴らしい密室の犯罪というトリック」と書いているのが初出と見られ、小説中で用いられているものとしては小栗虫太郎の『完全犯罪』(1933)の中にある「完全な密室の殺人」という記述だとされる。


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