宮廷女官チャングムの誓い
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宮廷女官チャングムの誓い
ジャンル
歴史劇ドラマ[1]
企画チョ・チュンヒョン
脚本キム・ヨンヒョン
演出イ・ビョンフン
出演者イ・ヨンエ
チ・ジニ
イム・ホ
ホン・リナ
イム・ヒョンシク
ヤン・ミギョン
ハン・ジミン
パク・ウネ
製作
制作MBC

放送
放送国・地域 韓国 日本 香港 中国 台湾  ベトナム タイ
放送期間2003年9月15日 - 2004年3月30日
放送時間毎週月・火曜日
回数54回+スペシャル2
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宮廷女官チャングムの誓い(大長今)
各種表記
ハングル:???
漢字:大長今
発音:テジャングム
英題:Dae Jang Geum
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『宮廷女官チャングムの誓い』(きゅうていにょかん チャングムのちかい、原題: 大長今(???))は韓国MBCにて2003年9月15日から2004年3月30日まで放送されたテレビドラマ(時代劇)



ストーリー

朝鮮王朝第10代国王燕山君(ヨンサングン)の生母尹(ユン)氏毒殺に関与したとして誅殺された軍官(武官と訳されている。以下同じ)徐天壽(ソ・チョンス)と宮廷の混乱のなかで陰謀を知ってしまったために謀殺された宮女(女官と訳されている。以下同じ)朴明伊(パク・ミョンイ)との間に生まれた娘徐長今(ソ・ジャングム)が母の遺志(水剌間(スラッカン=王の御膳を作る厨房)の最高尚宮(チェゴサングン)になり、最高尚宮だけに伝えられる秘伝の書に母の無念をつづること)を叶えるため女官となるが、謀略により謀反に関与したという無実の罪を着せられ、奴婢(ぬひ、ノビ)の身分に落とされる。しかし医女となり宮廷に復帰、母の夢・最高尚宮を経て、ついには国王中宗の主治医になり、"大長今"(テジャングム)の称号を与えられるまでを描いたサクセスストーリーである。「悲しんではだめ、泣いてもだめ、簡単に諦めてもいけません」との母の教えを一生にわたって守り抜き、母の親友とは知らずにハン・ペギョンのもとで修業をし、尊敬・信頼関係で結ばれ、親友である李連生(イ・ヨンセン)との友情を育み、ライバルの崔今英(チェ・グミョン)との料理対決、閔政浩(ミン・ジョンホ)との恋愛を通し、数々の策謀に翻弄されつつも強く生き抜こうとするチャングムの姿を描きながら、華麗な朝鮮文化や宮廷料理の数々、当時の朝鮮の医術も紹介されている。ただ大きく見れば「勲旧派」としてのオ・ギョモ?チェ・ソングム?クミョン派 VS 「士林派」としてのミン・ジョンホ?ハン・ペギョン?チャングム派の壮絶な権力闘争ドラマとも言え、この権力闘争がある種の「魅力」ともなっている。
韓国での放送

当初は全50話で、水剌間時代は17 - 20話程度までの予定だったが、放送が始まると、連日50%を越える視聴率を獲得した。とりわけ、ハン尚宮(ハン・ペギョン)(韓白榮(???)・韓愛鐘(???))役のヤン・ミギョン(梁美京)に対する視聴者からの人気が予想以上に高まった。急遽、水剌間の時代を10話ほど延長し、話の展開が間に合わなくなり、全54話に延長された。
史実との違い

史実としては『朝鮮王朝実録』の『中宗実録(チュンジョンシルロク)』に大長今と呼ばれて重用され、王の主治医となった医女がいたことが書かれている。大長今に関する記述は中宗実録に10箇所あるが、王の主治医を務めたとされる記述は、中宗39年(1544年)10月の『予證女醫知之』(予の証は女医これを知る)という一行のみである。

放送大学教授対談で、高橋和夫の『宮廷女官チャングムの誓い』は「歴史にどの程度まで忠実なのでしょうか」という質問に対して、朝鮮史学者の吉田光男は、「結論から言いますとほぼ100%フィクション史実には基づいておりません」と回答している[2]

古田博司は、史実との違いを以下のように指摘している[3][4]
李氏朝鮮では、女子が宮中に出仕すると王様と疑似婚姻関係に入るので一生外に出ることができず、チャングム女史のように出たり入ったりはできない。

李氏朝鮮は中国日本江戸時代とは異なり、イノベーションに反対的であり,低レベルの実物経済で500年間も統治していた。1805年儒学者鄭東愈: ???)が著した『晝永編』には、「(我が国の拙きところ)なし、なし、なし」とある。実際、針は衣類に穴が開くくらいの粗雑なものでしかなく、中国から買っていた。車もそれ自体は西洋文化が流入するまでは当然普及していない。何故ならを曲げる技術がなく、李氏朝鮮にはもなく、液体を遠方に運ぶことすらできないほど停滞した時代であった。『宮廷女官チャングムの誓い』は色彩にあふれているが、ほんとうは顔料がないので民間に色はなく、上流階級だけは中国で交易する御用商人から色のある布を買っていた。中国でも日本江戸時代でも陶磁器に赤絵があるが、朝鮮には白磁しかなく、民衆の衣服が白なのも顔料が自給できないからである。柳宗悦がいう「朝鮮の白は悲哀の色」というのも、今では真っ赤なウソである[3][4]

本物の歪曲なら、実は朝鮮時代の宮廷料理師は男がメインだったし、女性は主に補助役だけをしたということだ。 これは男性シェフが圧倒的な現代も同様に、料理は多くの体力と力を要求する。

NHKの放送では中殿を「皇后」と訳していたが、宮脇淳子は、「皇后」とは「皇帝」の妃の称号であり、中国皇帝臣下である朝鮮国王の妃が「皇后」を名乗ることは歴史学的にあり得ない、と指摘している[5]。後述のノーカット字幕版が放送された際は「后」に訂正されていたが、一方で「皇太后」は変更がなかった。「言われたところだけ修正すればよい」という思想や,指摘事項をほかのことに活かせるかどうか検討すらしない姿勢が窺える。
登場人物

-()はNHK吹替え版の声優。
主要登場人物

ソ・ジャングム(チャングム)(徐長今)/ テジャングム(大長今)イ・ヨンエ生田智子)/ 少女期:チョ・ジョンウン黒葛原未有
この物語の主人公。水剌間内人(スラッカン ナイン。内人は女官と訳されている。以下同じ)、出納尚宮(出納係)を一時兼務、内医院医女(ネウィウォン ウィニョ)、母の夢・水剌間最高尚宮を経て、正三品堂上官(チョンサンプム タンサングァン)に相当する大長今の称号を受ける。天賦の才能と屈強な精神力で、母の遺志を継ぐべく、さまざまな障害を乗り越えながら、水剌間の最高尚宮を目指すが頑固な一面もあり、それがもとで自ら危機を招く事も多い。その半生に、多くの出会いと別れを経験し、人として強く、たくましく成長し、女性でありながら朝鮮史上初の国王の主治医となる。チェ一族崩壊の後、水剌間最高尚宮代行(暫定ながら第15代)を務め、卓越した料理の腕を存分に披露した。瀕死の国王中宗の密命によってミン・ジョンホのもとに送られ彼と結ばれ女児をもうける。

ミン・ジョンホ(チョンホ)(閔政浩) :チ・ジニ井上倫宏
内禁衛従事官(ネグミ チョンサガン) 従六品(チョンユップム)、全羅道右水営済州鎮万戸(チョルラドウスヨンチェジュチン マンホ) 従四品(チョンサプム)、司憲府(サホンブ)執義(チビ) 従三品(チョンサンプム)、そして承政院同副承旨(スンジョンウォン トンプスンジ) 兼 内医院副提調(ネイウォン プジェジョ) 正三品堂上に昇格。


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