宮古島
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この項目では、島について説明しています。この島を含む市については「宮古島市」をご覧ください。
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宮古島

池間島(手前)方向から宮古島を望む
所在地 日本沖縄県宮古島市
所在海域東シナ海太平洋フィリピン海
所属諸島宮古列島
座標.mw-parser-output .geo-default,.mw-parser-output .geo-dms,.mw-parser-output .geo-dec{display:inline}.mw-parser-output .geo-nondefault,.mw-parser-output .geo-multi-punct,.mw-parser-output .geo-inline-hidden{display:none}.mw-parser-output .longitude,.mw-parser-output .latitude{white-space:nowrap}北緯24度48分17秒 東経125度16分52秒 / 北緯24.80472度 東経125.28111度 / 24.80472; 125.28111座標: 北緯24度48分17秒 東経125度16分52秒 / 北緯24.80472度 東経125.28111度 / 24.80472; 125.28111
面積158.93[1] km²
海岸線長133.5[2] km
最高標高114.8 m
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宮古島東平安名岬与那覇前浜伊良部大橋

宮古島(みやこじま)は、沖縄県宮古島市に属する宮古列島の一つである。宮古島市役所などがある平良(ひらら)地区などが所在し、宮古島市および宮古列島の中心となっている。

沖縄本島から宮古海峡を経て南西に約290 km、東経125度、北緯24度に位置し、太平洋東シナ海の間にある。面積は158.93 km2[3] である。近隣には、池間島大神島伊良部島下地島来間島がある。
島名の由来

「宮古(ミヤコ)」という地名の由来には諸説がある。

代初期に編纂された『元史仁宗記や1605年の『温州府志』には、1317年に「波羅公管下密牙古人」が温州永嘉に漂着したとの記載があり[4][5]、一般にはこれが文献における宮古島の初出とされる。「波羅公管下密牙古人」の解釈としては、「婆羅公」を琉球士族の親雲上と推定し「密牙古」を宮古の意味であるとする説[6]や、「波羅」は保良(宮古島内の地名)であり「密牙古」は宮古の意であるとの説[7]があるが、温州府志の数十年後に書かれた『明史』では「婆羅」はボルネオの意味であると説明されており[8]、解釈は定まっていない。また、『朝鮮王朝実録』(李朝実録)には、1477年(成宗8年)に与那国島に漂着した朝鮮人が宮古島を経て帰還した際の記録が残っており、宮古島は「悖羅彌古」や「覓高」と記されている[5]

1509年に首里城正殿の欄干に設けられた琉球王国尚真王の事跡を讃える碑文「百浦添欄干之銘」には、1500年のオヤケアカハチの乱について「当西南、有国、曰太平山、弘治庚申春、遣戦艦一百艘、攻之」と記されており、当時、「太平山」は宮古と八重山の総称であった[7]

1701年に成立した『中山世譜』には、「庇郎喇(平良)、姑李麻(来間)、烏喝彌(大神)、伊奇麻(池間)、面那(水納)、伊良保(恵良部)、達喇麻(多良間)、以上七島、総称之曰宮古島、又曰麻姑山」と記されており、「宮古島」や「麻姑山」は宮古島ではなく宮古列島を指して用いられ、宮古島は「庇郎喇」とされている[5]。慶世村恒任は『宮古史伝』において、「ピサラ(ヒララ)」とも「ミヤコ」とも呼ばれていたものが、一方は村落の名前に、他方は島の名前になったと考察しており、「ヒララ」は平地を意味し、「ミヤコ」は都の意で勢力の中心を示すとする[7]

冊封副使として琉球王国に赴いた徐葆光1721年に著した『中山伝信録』には「太平山、一名麻姑山 始為宮古、後為迷姑、今為麻姑」と記されている[5]。前半は宮古島が「太平山」や「麻姑山」とも呼ばれていたことを示しており、後半は「はじめはミヤコ(又はミヤク)といい、後にメークといい、今はマークという」と解されている[7]
地理

直角三角形のような形をした島で、南東端に東平安名岬が、北西端に西平安名岬がある。周囲には、北に池間島、北東側に大神島、西に伊良部島下地島、南西に来間島が位置している。池間島、来間島、伊良部島とは、それぞれ池間大橋(1,425 m)、来間大橋(1,690 m)、伊良部大橋(3,540 m)で結ばれており、下地島とも伊良部島を介して繋がっている。唯一陸路のない大神島との間には定期航路がある。

主として石灰岩からなる台地の島で、全般に平坦。最高地点のンキャフス嶺(旧城辺町砂川小学校付近)とナカオ嶺(旧城辺町比嘉集落付近)でも標高115 mである[9]。古い文献等では島の中央部に聳える野原岳(標高108.6 m)が最高地点とされていたが、後の精密な測量により最高地点ではないことがわかっている。川らしい川はないが地下水が豊富であり、上水道の水源として湧水や地下水が利用されている。地下水を堰き止める福里ダムや砂川ダムなどの地下ダムが建設された。詳細は「宮古島の上水道」を参照

島の北側の海域には、「八重干瀬(やびじ)」と呼ばれる、宮古島の面積の約10分の1に及ぶ日本最大級のサンゴ礁群が広がっており、漁場やダイビングスポットとなっている。八重干瀬は、大潮干潮時には海面から露出し、特に春等の干満差の大きな時期には広大な島のようになるため「幻の大陸」とも呼ばれる[10]

宮古島や、近隣の池間島、来間島、大神島、伊良部島、下地島に加えて、多良間島水納島を合わせて、宮古列島または宮古諸島と呼んでいる。1995年平成7年)に不動産登記が行われた無人島フデ岩を含めると、宮古諸島の島は9つになる。海を隔てた南西側約250 kmには八重山諸島、さらには台湾がある。

行政区域としては、2005年10月にいわゆる平成の大合併により、5市町村が新設合併し誕生した宮古島市に属する。旧5市町村のうち、宮古島を市町村域としていたのは、平良市(宮古島北部及び池間島)、宮古郡城辺町(宮古島南東部)、下地町(宮古島南西部及び来間島)、上野村(宮古島南部)であった。

天気予報では「宮古島地方」という場合と「宮古島」という場合とがあるが、「宮古島地方」は宮古列島全域のことを指し、「宮古島」は宮古島地方のうち宮古島市に属する地域(多良間村に属する多良間島及び水納島を除く地域)を指す[11]
地質

宮古島の地質は、上から島尻マージ(赤土)、琉球石灰岩島尻層泥岩からなる[12]。琉球石灰岩は海水準変動沈降により浅い海底となった時にサンゴ礁が発達してできたもので、厚い層をなしており、旧上野村付近で厚さ50 m、島の北東部においては120 mに達する。基盤となっている島尻層泥岩は島の北東部にわずかに露出する。琉球石灰岩は多くの空隙を含んでおり、水を通しやすいため、地表を流れる大きな川はない。宮古島周辺で海の透明度が高いのは、河川水を通じて泥などが流入しないためといわれる。

島の北西から南東へ数条の活断層が延びており、断層に沿って幅約100 m、高さ約30 mの石灰岩からなる堤防状地形が見られる。この地形は断層によって露出した部分が浸食されにくいという琉球石灰岩の性質によってできたものであり、東側が急斜面、西側が緩斜面となっている[13][14][15]
気候

宮古島市
雨温図説明

123456789101112
  145 2016  138 2016  132 2317  175 2520  209 2723  177 3025  138 3126  252 3126  204 3025  174 2823  139 2520  136 2218
気温(°C)
総降水量(mm)
出典:宮古島地方気象台平年値

インペリアル換算
123456789101112
  5.7 6860  5.4 6960  5.2 7363  6.9 7768  8.2 8173  7 8677  5.4 8979  9.9 8878  8 8677  6.9 8274  5.5 7669  5.4 7164
気温(°F)
総降水量(in)

宮古島の気候は亜熱帯海洋性気候に属する[16][17]。また月別平均気温の平年値(1981年 - 2010年)に基づけば熱帯雨林気候 (Af) に相当する。気象庁の1971年 - 2000年の平年値では最寒月平均気温が17.7°Cで、18°Cをやや下回り温帯湿潤気候に相当していたが、1981年 - 2010年の平年値で最寒月平均気温が18.0°Cとなり熱帯雨林気候の条件を満たした。

宮古島地方気象台(宮古島市平良字下里)

位置 : 北緯24度47.6分、東経125度16.6分、39.9メートル

年平均気温 23.6°C(1981年 - 2010年累年平均)

最寒月平均気温 18.0°C(1月)

乾燥限界 612 mm、年平均降水量 2021.0 mm

最少雨月降水量 130.8 mm(1月、7月)

また、宮古島は台風の常襲地域(台風銀座)でもあり[18]、毎年夏から秋にかけて多くの台風が同島を通過する。過去には、宮古島台風をはじめ第2宮古島台風第3宮古島台風など、被害や影響が大きかった同島にちなんだ名称の台風も複数存在する。
生物

琉球諸島の面積の大きい島の中では、唯一のハブが生息しない島である。


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