実験ノート
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実験ノートグラハム・ベル(1876年)の実験ノート。オットー・ハーン(1938年)の実験ノート。

実験ノート(じっけんノート)とは、実験を行う者が、「どのような実験を行いどのような結果が得られた」といった実験の一次的データ記録や、場合によっては「研究の過程での議論」、「データの一次的な解析計算など)」「実験及び解析中などに思いついた事柄」など実験に関わる様々な事柄を記録、処理するためのノートブックあるいは、それに類する記録媒体である[1][2][3][4][5][6][7]

実験ノートは実験を行う研究者にとって必帯のものであり、実験に関する記録の中では最も重要なものである。また研究者が、科学における不正行為をしたのではないかとの嫌疑をかけられ調査・捜査が開始されてしまった場合には、自身の身の潔白を証明できるほとんど唯一の証拠となるものでありその場合には実験ノートは自身の科学者生命にもかかわるものである(したがってアメリカなどでは、後から改ざんができない書き方、いざという時に証拠とできるような書き方をすべきだとされており、書き方の作法もこまかに決められている。)

(嫌疑をかけられた場合でなく、通常の場合は)実験ノートを取る第一の直接的な目的は、実験の記録、手順を残すことである。これにより実験中及び事後検討を付け加えたり、整理することが可能となる。実験を行ううちに自分の目的や手順を見失うこと、予期せぬ現象が起こること、実験中にで何らかの戦略変更、また判断を迫られることがある。このような場合であっても目的、手順の再確認、思考行動の補助および事後分析に役立つ。
求められる特性・要件

一般的に、実験ノートに求められる性質・要件としては例えば下記のことがある[7][8][9][10][11][12][13]

網羅性@実験の再現などのために、必要な事柄が全て正確に書かれていること
A一定水準の力量が、適切な努力(背景知識の参酌を含め)をすれば、実験を再現できるだけの情報が書かれていること
ログとしての機能@実験中の操作がのログとして機能すること
Aいつ、何に対して、どのような操作を、どのような順序で行ったかがわかること
検索性
アクセス性@必要なときに必要な情報が速やかかつ正確に読みだせること
A文書の所在が分かり、検索・呈示ができること
B業務活動の関連の中で文書の所在が確認できること
可読性一定水準の力量がある他の人が見て判読可能であること
保存性@長期の保存が可能だこと
A経年変化/部品改廃(ソフトウェアの廃止など)などにより情報の読み出しができなくならないこと。
書きやすさ記録する行為が、思考や実験を妨げないこと
実証性証拠としての価値があること
状況の可視化@実験データの特徴や傾向が一目でわかること
A研究の進行状況(研究スケジュールとのずれ、試薬などの在庫状況など)が一目でわかること
B予想(仮説など)とのずれが一目でわかること
アクセス権の適切な設定企業秘密、被験者のプライバシーが漏洩しないような管理ができること
ワーキングメモリとしての機能実験中の判断、データの処理などの思考を助けること

個人の趣味に基づく実験である場合を除き、実験ノートに相当する信頼できる記録を残すことがあらゆる実験の前提である。各研究者や研究グループでは、よりよい実験ノートを作るために色々な工夫を重ねている[3]

実験ノートの形態、とり方などは、研究者、研究グループの信条や伝統、性格、受けてきた教育の影響などが強く現れ、そのとり方に「唯一」といえる「正解」はないと考えられている[10][14]。しかし、実験ノートを取る目的を考えると、「個性を出す」こと自体には全く意味がない[10]

実験ノートには通常、「製本されたノート」を用いることが多いが、最近では、「データーシート形式」や、「電子実験ノート」を用いる研究者もいる。通常は「1研究者1ノート」を基本とするが、複数の研究者が交代、分担して1つの研究を行うケースについてはテーマごとに1冊という体制となることがある。また、通常の実験ノートに加え、危険物や危険な装置、故障しやすい装置に対してその管理状況を記述するための専用ノートを用意するケースもある。概して実験ノートの具体的な実施方法は多様化しており、分野や実験環境により多様化せざるを得ない状況がある[14]

実験ノートと同様の性格を持つ物として、医師が患者の病態や治療歴を記録するためのカルテや各種の観察ノート、航海日誌などがある。実験ノートには、「記録をしながら物事を考える、計画を適宜修正する」、「記録に基づいて物事を考える」ということのための補助ツールとしての役割もある。その意味で、営業職が用いる手帳メモ帳とも共通した役割を持っている。

知的財産権などの法的な問題との兼ね合いが問題となっている[15]。また、捏造や剽窃など科学倫理に関する疑惑が生じた場合にはしばし実験ノートの話題がメディアなどを含め広く話題となる[2][16][17]
書式と構成

実験レポートや研究論文においてはほとんどすべての研究者がIMRAD型を用いるのとは対照的に、実験ノートの書式・構成については各研究者共通のフォーマットが存在しない。特に日本では実験ノートの書式・構成を研究者各自に委ねるということが多く、各自で工夫を重ねていることが多い。

大雑把に分類すると、実験ノートの書式には、大きく2種類のスタイルが存在する。

ラボノート論文のようにIMRAD形式で書かれるスタイル。
ログブック実験中に起こった事柄を、起こった順に随時記載していくスタイル。

両方に一長一短があり、どちらを用いるべきかは研究者によって見解が分かれている。例えば、中山敬一九州大学生体防御医学研究所教授)は次のようなIMRAD型の構成を推奨している。
タイトル

日付

実験目的

材料・方法

実際に行った手技

結果

考察

このような実験ノートの取り方を行うことによって、「目的を明らかにして、しっかりと結果を記載し、それに対していろいろと考察をしてみることができ、科学的な思考能力が鍛えられる」という[1][2]

また、一方のみを用いるのではなく、実験中は「ログブック」スタイルを用い、実験終了後直ちに頭の整理、データの整理のために「ラボノート」スタイルのノートの記載を開始するような方法もある[18]
運用

相次ぐ研究不正疑惑や、特許紛争などを受け、最近では[いつ?]科学倫理や知的財産権の専門家から、細部にいたるまで厳格な実験ノートの取り方が要求されることもある[7][19]。科学倫理や知的財産権の専門家らの指摘は概して以下のような内容を含んでいる[19][20]
実験の再現に必要な情報をすべて書く

実験中や前後に起こったことをすべて書く

電子データは全部プリントアウトしてノートに貼り付けるか、全部のリンクを貼る

実験を行ったその場で記載する(別紙にメモを取って後で転記してはならない)

後から余計な情報を書き足せないよう、隙間なく、行間なく記載する(余白には「×印」を記載する)

消しゴムで消せなくするため、ボールペンで記載し、修正時には修正履歴を残す

時系列を順守して記載する

1つの実験が多数の箇所に分断されないように記載する

他人が見て分かるように記載する

製本されたノートを使用する

こまめに第三者(弁理士公証人TLO職員など)のチェックを受ける

特に最近では[いつ?]、大学や研究機関レベルで指針や規則を定めることが多くなってきているが、さらには国家レベルでの実験ノート向上政策がとられることもある。例えば研究不正の相次いだ韓国では、国家レベルで実験ノートに関する指針を定め(2010年8月 韓国大統領令22328号 "国家研究開発事業の管理などに関する規定",他)韓国特許庁傘下に研究ノート拡散支援本部を設立し、国主導で実験ノートのありかたの改革・指導、普及補助を推進している[21][22]


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