実印
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印章(いんしょう、英語: seal)は、象牙金属合成樹脂などを素材として、その一面に文字シンボル彫刻したもの。個人・官職団体の印として公私の文書(公文書や私信など)に押して特有の痕跡(印影・印痕)を残すことにより、その責任や権威を証明する事に用いる。

印(いん)[1]、判(はん)[2]、印判(いんばん)[3][1][2]、印形(いんぎょう)[4]、印顆(いんか)[4][注釈 1]、印信(いんしん)、ハンコ(判子[注釈 2][1][2]、スタンプなどともいう。

しばしば世間一般では、正式には印章と呼ばれるもののことをハンコ、印鑑(いんかん)と呼んでいるが[2]、厳密には印章あるいはハンコと同じ意味で「印鑑」という語を用いるのは正確ではない[2]。古くは、印影と印章の所有者(押印した者)を一致させるために、印章を登録させた。この印影の登録簿を指して「印鑑」と呼んだ。転じて、日本では印鑑登録に用いた印章(実印)を特に印鑑と呼ぶこともあり[7]、更には銀行印などの登録印や、印章全般もそのように呼ぶ場合もある[8]
概要稟議書(起案書)に押された印影。稟議書では、承認の印に印章を押す。

印章の材質としては、木、水晶、金属、石のほか、動物の角・牙などが用いられ、近年[いつ?]は合成樹脂も用いられる。これらの素材を印材と呼ぶ。印材の特定の面に、希望する印影の対称となる彫刻を施し、その面に朱肉印泥またはインクを付け、対象物に押し付けることで、特有の痕跡を示すことができる。この痕跡を印影と呼ぶ。印章を押すことを、押印(おういん)、捺印(なついん)、押捺(おうなつ)といい、条約などに署名や押印をすることを調印(ちょういん)という。

現代で用いられる印章の種類を大別すれば、証明のために用いられる生活・実用品としての印章と、篆刻のように印影を趣味や芸術として鑑賞するための印章に分けられる[9][10]。古代においては印章そのものを宗教的な護符として尊重した時代もあり[10][11][12]、現代においても開運商法の商材としての印章では印材の超自然的な効用が重視されることもあるが[13]、宗教的な意味を失った印章では専ら印章そのものよりも、押された時に印影として現れる内容が重視される[14]。文明の発祥と共に生まれ、世界各地で独自の発展を遂げた印章の歴史の中では様々な形態のものが作られた[15]。文字に芸術性を見いだす表現性を持った漢字文化圏や古代エジプトでは専ら印影(印面)に文字が用いられ、楔形文字を用いる古代メソポタミアや古代ペルシアなどでは絵画的な図案を用いる版画のような印章が用いられた[16]。現代日本における実用印では、印影(印面)には文字(印字)が使用され、漢字を用いる場合の書体には篆書体楷書体隷書体が好まれる。印字は、偽造を難しくしたり、防止したりするため、既存の書体によらない自作の印を使う者もいる[要ページ番号]。

日本の印章は古くは中国から伝来したものだが[17]、その用法は伝来した当時から中国のそれとは異なっており[18]江戸時代から現代にかけては中国やその他のアジア諸国とも様相の異なる[19][20]、「ハンコ社会」や「ハンコ文化」などと形容される日本独自の印章文化が社会に根ざしている[19][20]。一方の中国では印章の歴史は日本より長いものの、身近な日用品としての印章はほとんど民間に定着しなかったが[21]、書道などの芸術と結びついて独自の印章文化が形成された。ヨーロッパ文化圏ではかつて印章が広く使用された時代もあったが、19世紀頃から廃れて使われなくなり、印章ではなくサイン(署名)が用いられる[22]

現代日本で生活・実用品として用いられる印章は、市町村に登録した実印、銀行などの金融機関に登録された銀行印、届け出を必要としない認印の3種類に大別され、そこから更に細分化することができる[9]。文書の電子化に伴い、署名の分野では2000年電子署名法の施行により電子署名が登場しているのに対し、印章の分野では印影の画像電子文書添付する機能を有する電子印鑑(デジタル印)が登場している[23][24]

一部金融業などの業界では上司に申請する際に、「控えめにお辞儀」するように左に傾けた形で捺す(正立状態は最高承認者である社長のみ)といった独自の習慣も生まれており、前述の電子印鑑(デジタル印)にもこの機能をサポートするものがある[25]。「封建の名残で前時代的な悪習」とのインターネット上の批判もあったが、一方で左に傾けた場合も「右肩が上がる」という縁起の良さを感じるという向きもあるようである[25]王羲之の『蘭亭序』。歴代の所有者の印章が押されている。印影は、陰刻・陽刻など刻体・書体は様々である。
語源

日本語の「印章」という単語の語原は中国のの時代に遡る。それ以前の時代において印章は「?」(じ)と呼ばれていたが、秦の始皇帝は、皇帝が持つもののみを「」(じ)、臣下の持つものは「印」と呼ぶよう定義し、更に後の漢時代になると丞相大将軍の持つものは「章」と呼ばれるようになった[26][27]。これら印と章を総称するものとして「印章」という単語が生まれた[26][27]

ハンコの語原は「版行」で[6]、後に当て字で「判子」とも表記されるようになった[6]

英語におけるsealをはじめ、フランス語ドイツ語イタリア語スペイン語で印章を意味する語は、ラテン語の単語であるsigillumを語原としている[27]。またsigillumは、しるしを意味するラテン語signumから派生した単語である[27]
基礎概念

印に関する主な用語はそれぞれ次の意味がある。

印章または印影であり、一定の権利・強制力を有するもの。

印章や印影ではあるが、記号・情報としての機能しか持たないもの。
印章
はんこの本体側。印材を加工・成形して作られる。
封泥封蝋用のものは印章が彫られた面が中央に向かってわずかに凹んでおり、朱肉による捺印用は平板か中央が少し盛り上がっている。※日本の法令用語としての「印章」は、概ね「印影」を意味する(刑法、民法他での「印章」は印影の意味である。ただし、刑法における印章についてはその意に印形〈はんこ〉も含むとされている[28][29]
印影
紙などに印章を押された跡(結果)。
印鑑
照合用の印影[注釈 3]
印文
印面に用いられる文字。
回文
職印の例。図中の「ウイキメデイア財団」が回文、「理事長印」が中文。二重枠の印章の印文のうち外周の部分に刻まれている文字。
中文
二重枠の印章の印文のうち中央の部分に刻まれている文字。
印鈕(いんちゅう)・印鼻(いんび)
角型の印章などのツマミの部分。
指付(ゆびつき)・座繰り(ざぐり)・サグリ・アタリ
印の上下を確認するために認印などの印章の側面に付けられた窪み。
押印・捺印・押捺・調印
印章を用いて紙面に印影を残すこと(但し捺印には、その押された印影の意味あり)。両者は法律上は「押印」[30]であるが手形法八十二条には「本法ニ於テ署名トアルハ記名捺印ヲ含ム」とあり例外もある。(当用漢字制定前は捺印が一般的[31])法令上は「記名押印する affix the name and seal」「署名押印する sign and seal」と記述する[30]が、実務上押印は「記名押印」の略語であり、捺印は「署名捺印」の略語とされる。[32]また「押捺」も同意語だが、印を押す以外に指紋を押すという意味があり、「調印」は国家間や企業間で重要な取り決めを交わすときに使う[33]
印肉(いんにく)
押印に用いる、顔料を染み込ませたもの。色は朱が用いられることが多く朱肉ともいう。
印矩(いんく)
印を押すための
定規のことで、L字型・T字型のものが一般的である。印矩を用いれば押し直すことができる[34]
印褥(いんじょく)
捺印の際に下に敷いて用いる台のこと。既製品もあるが、
などの少し厚手の平らなガラス板の上に、画仙紙を数枚載せて用いても具合が良い。むらなく押せるようになる[34]
?
押印の目安として氏名欄の後ろに?(丸に印)マークを印字することがある。また、淡い色の円や点線の円を印刷し、該当箇所に押印を求める場合もある。
歴史エジプト第26王朝の初代ファラオプサムテク1世の名が彫られた煉瓦印章(英語版)動物と戦う英雄を描いた円筒印章(左)とその印影。マリイシュタル神殿で発見、紀元前2600年頃のシュメール初期王朝時代、ルーブル美術館所蔵

原始的な印章は中東の遺跡(紀元前7000年 - 6000年頃)から発掘[35]されていて、紀元前5000年頃に古代メソポタミアで使われるようになったとされる。最初は粘土板や封泥の上に押すスタンプ型の印章が用いられたが、後に粘土板の上で転がす円筒形の印章(円筒印章)が登場し、当初は宝物の護符として考案され、のち実用品になったが[36]、間もなく当時の美意識を盛り込んだシリンダー・シールとなった。紀元前3000年頃の古代エジプトでは、ヒエログリフが刻印された宗教性をもったスカラベ型印章が用いられていた[37]。それ以来、認証、封印、所有権の証明、権力の象徴などの目的で広く用いられた。インダス文明ではインダス式印章が普及し、今日大量に発掘されている。これがシルクロードを通って古代中国に伝わったのは、かなり遅れて戦国時代初期(紀元前4?5世紀)であったろう。その図象を鋳成した青銅印を粘土に押し付けると、レリーフ状の図象が浮きあがり、シリンダー・シールとの文化的連続性は否定すべくもない[37]
中国「篆刻#歴史」も参照

中国最古の、ひいてはアジア地域最古の印章といわれるものの一つに、時代の遺跡から出土したとされる3つの殷璽があるが[38][39]、これについては発見の状況が疑わしく[39]、またこの時代に印章が用いられていたことを示す痕跡が他に何も発見されていない[40]。学術的な発掘によって発見された印章として最も古いものは戦国時代のもので[41]、この頃から文章や物品の封泥に?(じ)と呼ばれる印章が用いられていたことを示す文献や出土品が数多く発見されている[42]の時代に入ると制度が整備され、印章は持ち主の権力を示す象徴となっていく[43]。その後、に普及の伴って、中国の印章は封泥のためのものから紙に朱泥で押すためのものへと変化していき、陰刻ではなく陽刻が用いられるようになる[44]

一方、の時代には書道の発展を背景として署名が用いられるようになり、公文書や書状に私印が使われることは少なくなっていった[45]


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