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安田 好弘
生誕 (1947-12-04) 1947年12月4日(76歳)
日本 兵庫県
出身校一橋大学法学部
職業弁護士
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安田 好弘(やすだ よしひろ、1947年12月4日[1] - )は、日本の弁護士(登録番号:16969)である。第二東京弁護士会所属[1]。 兵庫県生まれ[1]。一橋大学法学部卒業[1]。大学時代には全学共闘会議運動の活動家として活動し、弱者保護を主張。弁護士となったのちは、月に1度しか家に帰らず、事務所で寝泊まりしながら仕事をすることもある[2]。 死刑が求刑された事件の刑事弁護を数多く担当し、死刑判決を幾つか回避させてきた経歴を持つ[1]。死刑廃止論者。また、大手マスメディア、テレビなどの出演依頼はほとんど断るマスメディア嫌いとしても知られる[2]。
人物
経歴
1975年 - 一橋大学法学部卒業
1977年 - 29歳で旧司法試験合格
1980年 - 司法修習32期修了し弁護士に。
1998年 - 12月、「旧住宅金融債権管理機構の債権回収を逃れるため、顧問をしていた企業の資産隠しを指示した」容疑で強制執行妨害の容疑で警視庁により逮捕[3]。
1999年 - 死刑廃止運動への貢献が認められ、多田謡子反権力人権賞受賞[4]
2011年 - 12月、安田事件で最高裁で50万円の罰金刑が確定[3]。
担当事件
刑事事件
新宿クリスマスツリー爆弾事件、仙台米軍通信施設爆破事件
1980年より、被告人の弁護人に選任される。判決は無期懲役。
埼玉県宮代町母子殺人放火事件
1980年より、被告人ら(兄弟)の弁護人に選任される。求刑通り兄は死刑、弟は無期懲役。
新宿西口バス放火事件
1980年より、被告人(男性)の弁護人に選任される。死刑が求刑されたが、判決は無期懲役。被告人は1997年に自殺。
グラントハイツ強盗予備・致死事件
1982年より、被告人の弁護人に選任される。
北海道庁爆破事件
1983年より、被告人・大森勝久の弁護人に選任される。判決は求刑通り死刑であり、判決確定後、再審請求するも棄却。
宇都宮病院事件
1984年より、リンチ殺人の被告人とされた宇都宮病院の院長及び看護師ら5名の弁護人に選任される。
司ちゃん誘拐殺人事件
控訴審(東京高裁)にて、被告人(第一審・甲府地裁で死刑判決)の弁護人に選任される[5]。1985年3月20日に無期懲役(原判決を破棄自判)の控訴審判決が言い渡され[6]、確定している。
名古屋女子大生誘拐殺人事件
第一審(名古屋地裁)および控訴審(名古屋高裁)で死刑判決を受け、最高裁に上告していた被告人・木村修治の私選弁護人を担当。木村の支援者たちから、司ちゃん事件における実績を買われて弁護を依頼された[7]。安田自身も同事件については「視点がほんのわずかでも変われば、十分無期懲役になる」と考えていたが[8]、最終的には上告審でも死刑判決が支持され、確定[9]。死刑囚(死刑確定者)となった木村は1995年12月21日、名古屋拘置所で死刑を執行されている[10]。
ドバイ日航機ハイジャック事件・ダッカ日航機ハイジャック事件
1987年より、被告人・丸岡修の弁護人に選任される。判決は無期懲役。
山岳ベース事件・あさま山荘事件
1990年代、被告人・坂口弘の弁護人に選任される。
名古屋アベック殺人事件
1992年より、第一審で死刑判決を受けて控訴していた主犯格の被告人(事件当時は19歳の少年)の弁護人に選任される。1996年12月、控訴審で無期懲役の判決(原判決を破棄自判)を言い渡され、確定。
市川一家4人殺害事件
2001年、一・二審で死刑判決を受けていた被告人(事件当時は19歳の少年)の弁護人に選任される。死刑確定後も再審請求を行っていたが、2017年12月19日に死刑執行。
オウム真理教事件
1995年より、被告人であるオウム真理教教祖・麻原彰晃(本名:松本智津夫)の国選弁護人として選任されるが、強制執行妨害の被疑事実で逮捕され(安田事件)、国選弁護人を解任される。