安原義人
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やすはら よしと
安原 義人
プロフィール
本名安原 義人[1]
性別男性
出身地 日本兵庫県相生市[2]
生年月日 (1949-11-17) 1949年11月17日(74歳)
血液型B型[3]
身長168 cm[4]
職業俳優声優
事務所テアトル・エコー[1][2][4]
配偶者木村有里[5]
公式サイト ⇒安原義人|テアトル・エコー

俳優活動
活動期間1969年 -
ジャンルテレビドラマ舞台
声優活動
活動期間1970年代 -
ジャンルアニメ吹き替えゲーム
声優テンプレート | プロジェクト | カテゴリ

安原 義人(やすはら よしと、1949年11月17日[1][2][6] - )は、日本俳優声優兵庫県[1]相生市出身[2]テアトル・エコー所属[1][2][4]。妻は女優・声優の木村有里[5]
来歴

役者を目指した理由は本人曰く「勉強が嫌いだったから」[7]。幼い頃から勉強そっちのけで、テレビ、映画ばかり見て、漠然と俳優に憧れていたという[7]。どうしたら俳優になれるか考えて、映画出演者に劇団出身者が多かったことから「劇団に入らないといけない」と単純な結論に辿り着いたこと[7]、映画『飢餓海峡』での三國連太郎の演技に感銘を受けたことなど[8]から、東洋大学附属姫路高等学校卒業[2]後に上京し劇団青俳の養成所で1年学ぶ[2]。1年後に正所属となるところだったが、テアトル・エコーの公演『日本人のへそ』を見たことで、1969年4月に同劇団に入団した[9][10]。テアトル・エコーに入った理由として安原は『日本人のへそ』に出演していた二見忠男の顔に感激したと述べている[11]

初舞台は『表裏源内蛙合戦』[11]。『11ぴきのねこ』『珍訳聖書』などの舞台を踏み、1976年の『みにくいあひるのこ』のマジス役が初主演舞台[11]。テアトル・エコーが声の仕事に積極的なことから、1970年海外ドラマ『ディックス先生、こんにちは』(『黒人教師ディックス』)の番組レギュラーで声優デビュー。その後、アニメのアフレコも手掛けるようになる[12]

1987年には、刑事ドラマジャングル』に刑事役として顔出しでレギュラー出演した[13]
特色

吹き替えではミッキー・ローク[14]をはじめ、ケヴィン・ベーコンゲイリー・オールドマンボブ・オデンカークビル・マーレイティム・ロスビル・プルマンリチャード・ギアカート・ラッセルティム・ロビンスら多くの俳優を担当。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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