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安全側線(あんぜんそくせん)は、過走して他の列車の進路に支障を来すことによる衝突を防止する目的で本線とは異なる線路へ列車を進入させ、列車を意図的に脱線・停止させるために設ける停車場内の短い側線である。側線を設けないポイントだけの設備は、脱線転轍器(脱線ポイント)という。 単線区間の行き違い施設では、列車が停止位置を冒進して本線に出てしまうと、対向列車と正面衝突する危険がある。そこで、本線に合流する分岐器の手前で分岐させ、その先を砂利盛りなどの車止めにしておくものが安全側線である。安全側線導入によって単線区間でも同時進入が可能になり、交換待ちによるダイヤのロスを減らすことができる[1]。 列車交換時には分岐器は安全側線側に開通しており、列車が冒進した場合はそのまま安全側線に進入させた上で砂利盛りなどの車止めで停止させ、対向列車との衝突を避ける仕組みになっている。 日本では1913年(大正2年)10月17日に発生した東岩瀬駅列車正面衝突事故を教訓に全国で整備された。この東岩瀬事故やそれまでのオーバーランの実例、種々の実験の結果を参考に、突込線の長さは約91メートル(300フィート)とされ、さらに車止を設け、その手前約10メートルの区間に砂利盛りをすることになった。1926年に突込線を「安全側線」と改称した。 本線への誤進入により他の列車・車両との衝突を起こすよりも、誤進入列車・車両を脱線させた方が被害がより少ないであろうという想定に基づいている(フェイルセーフではなく、自動車でいうパッシブセーフティにあたる)。安全側線は、誤進入した列車・車両を停止させるために十分な砂利堤等の長さが確保でき、進入速度が十分低ければ、有効な安全システムとして機能する。 しかし日本では用地の関係で、砂利盛りが省略されている箇所や、十分な長さがない箇所も少なくない。また、高速で進入すると当該列車が脱線転覆するのみならず、本線に支障を来して対向列車や後続列車との二次事故を生じる危険も高い(後述)。これらの事情を指し、運転士や労組のなかには、「不安全側線」と揶揄する声もある。 現在では、安全側線に高速で進入することのないように、手前でATSなどにより減速させるほか、万一安全側線に進入した場合には、ケーブルの切断・スイッチ動作などにより、周辺の信号機を停止信号にする安全側線緊急防護装置を設置して安全対策を行っている。また、複線化やより安全性の高い保安装置(ATS-PやATCなど)の導入により安全側線が省略されるケースもある[2]。 安全側線はその性質上、通常時に車両が入線する事は想定されないため、安全側線に進入した場合には重大インシデント扱いになり、運輸安全委員会による鉄道事故調査の対象になる。 詳細は各事故の項目も参照。
概要
課題と対策
安全側線における死亡事故例
1956年10月15日 六軒事故
1962年5月3日 三河島事故
1971年10月25日 総谷(青山)トンネル事故
以上は、冒進した列車が高速で安全側線に進入した際に安全に脱線させることができずに転覆・傾斜し、本線に支障を来したところに後続列車(三河島)・対向列車(六軒・総谷)が突っ込み、二次事故を引き起こして、多数の死者を出す大惨事となった例である。詳細はそれぞれの項を参照。
安全側線が機能した例
1972年(昭和47年)12月3日 日豊本線宮崎神宮駅脱線事故
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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