子どものための哲学
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子どものための哲学(こどものためのてつがく、: Philosophy for Children, P4C)とは、子どもに推論方法や議論のスキルを教えることを目指した教育運動のことである。「若者のための哲学(Philosophy for Young People)」、「小さな子どものための哲学(Philosophy for Kids)」という名の同様の動きもある。これらの運動がしばしば掲げる目標として、哲学教育を通じたより実質的な民主主義社会の実現が挙げられる[1]。一方で、高等教育の場では、哲学を小中学校や大学で教える際の代替的方法を開発する研究も伝統的に進められている(「哲学教育」の項目も参照のこと)[2]

発達心理学の大家ジャン・ピアジェは、子どもが批判的思考を身につけるのは11歳か12歳以降であると考えたが、小さな子どもを教えている多くの哲学者や教師の経験によると、初等教育の初期段階において哲学的探究を行うことは子どもにとって有益だといえる根拠がある。加えて、経験的証拠によると、生育段階初期の子どもに推論方法を教えることによって、その他の認知的・学術的能力も飛躍的に高まり、学習能力全般が向上するとされる[3]
目次

1 方法

2 世界における著名な理論家とそのスタイル

3 プログラム、大会、出版物

3.1 学術雑誌

3.2 著作


4 関連項目

5 脚注

6 参考文献

7 外部リンク

方法

P4Cの教授法は多様である。しかし、マシュー・リップマンや子どもの哲学推進研究所(Institute for the Advancement of Philosophy for Children, IAPC)の流れを汲む人々を含む実践者の多くは、哲学者ジョン・デューイの仕事に由来する探求の共同体(community of inquiry)という手法を重視している[4]。ここで、「授業」ではなく「探求」という言葉が選ばれる理由は、子どものグループが協力して問題に取り組むときに、教師は権威を持つ情報源としてではなく、あくまでファシリテーターとして振る舞うからである。

典型的な探求では、生徒のグループはテクスト、絵、写真、映像など、思考を促す材料を与えられる。その材料が示す概念を同定することに一定の時間が費やされた後、参加者は材料に関する自らの哲学的問いかけを提起し、どの問題を全員で探求するかを投票で決める。議論はたいてい円の形で行われ、教師/ファシリテーターが時折介入し、参加者の思考をより深めるための補助を行うが、その際にグループ内で生まれている関心を尊重し、論脈を活かすように注意が払われる。
世界における著名な理論家とそのスタイル

子どものための哲学の理論家の間にある違いで最も顕著な点の一つは、何を教材とするか、つまり何をもって議論をスタートするかである。ガレス・マシューズによれば、若い学生の哲学的思考を深める上で「最も影響力のある人物」はマシュー・リップマンであるが、1970年代に子どものための哲学運動の口火を切ったのがまさにリップマンであった[5]1960年代に全米各地の大学で起きた学生運動を目の当たりにしたリップマンは、哲学的な批判的思考がより早い段階で教えられるべきだと実感した。1974年、彼はモントクレア州立大学に「子どものための哲学推進研究所(Institute for the Advancement of Philosophy for Children, IAPC)」を設立した[6]。リップマンの方法とは、哲学的な関心をそそるような物語教材を子どもに読み聞かせ、それに対して哲学的問いかけで返すよう促す、というものであった。共同探求で扱うテーマを決め、教師はファシリテーター(促進者)であると同時に一緒に探求する人として振る舞う。授業は対話を通じて進行し、生徒は普通、円の形に座り、順番に発言していく。流れとしては、問いかけに対する回答を提案する、意見を表明する、議論を展開する、反論する、例を挙げる、基準を設ける、他の生徒の考えをさらに進めるなどしていき、対話のきっかけとなった最初の哲学的問いかけを解決することを目指す。リップマンの学習理論、教授法、カリキュラム設計の思想は、アメリカのプラグマティスト哲学者ジョン・デューイの教育哲学に大きな影響を受けたものである[7]。IAPCで使われた教材の多くはリップマン自身が書いた哲学的な小説であり、代表的な作品としては1969年に出版された『ハリー・ストットルマイヤーの発見(Harry Stottlemeier's Discovery)』がある[8][9]。その他の理論家は、リップマンの業績を参考にしながら、彼が元々開発した授業用の小説や教授法を補うような教育資源や学習アクティビティを生み出していった。よく知られた例として、フィル・カムが作った教育資源が挙げられる[10][11]。リップマンは大学以前の段階における世界初の体系的な哲学教育カリキュラムを作り上げ、子どものための哲学を研究する修士課程・博士課程も設立した。また、学術誌の『Thinking: The Journal of Philosophy for Children』も創設した[12]

ガレス・マシューズは多様な学生を教えてきたが、主に教えたのは初等教育の後期段階の生徒(5年生前後)だった。マシューズの方法では、生徒が積極的に哲学的な雰囲気を作り、「自分自身の哲学的問題を作り出す」ことが促される。彼の最もよく知られている技法とは、哲学的に興味をそそる物語を最初に提示するというものである。その後、生徒のコメントを筆記記録し、物語の登場人物にそのセリフを語らせ、次のクラスで物語と議論の続きを行った。こうしたやりとりの記録は著書の『子どもは小さな哲学者(Dialogues With Children)』で読むことができる。

ウィトウォーターストランド大学(南アフリカ)のカリン・ムリスとプリマス大学(イギリス)のジョアンナ・ヘインズは、目的のはっきりとした教材の代わりに、子ども向けの絵本を哲学教育に用いる手法を広めた。マウント・ホリヨーク大学(アメリカ、マサチューセッツ州)のトム・ウォーターバーグは、絵本を使って哲学を行うための議論プランを数多く書いている。

イギリスは子どものための哲学が非常に多様に実践されている国であるが、それは当地にはフリーランスの教育者がたくさんおり、それぞれが異なる教授法を用いながら競合し、ときには協力するという状況にあるからである。ロジャー・サトクリフの実践ではニュース記事を用いる。スティーブ・ウィリアムズは哲学的問いを提起することだけでなく、議論の型がしっかりとした対話を行うことを重視している。ウィル・オードは、対立する概念を対比させたショッキングな写真を使用する[13]。ジェイソン・バックリーは、より身体的でゲーム的なアプローチを取り入れており、子どもが様々な問題に直面した登場人物になりきって物語を演じながら哲学する「哲学ごっこ(Philosophy in Role)」を実践している。

ピーター・ウォーリーとエマ・ウォーリーが共同設立した哲学ファンデーション(Philosophy Foundation)に所属する専門哲学教師(全員哲学科の卒業生)は、哲学的な内容が濃厚な教材を用いており、思考実験を提起するほか、哲学の古典に由来する伝統的な問題につながる物語やアクティビティを取り入れている。注意深く構造化された問いかけの方策を取ることで思考能力を育成し、若いうちによい思考の習慣を身につけさせることが狙いである。問いかけを工夫することでプラトンのように対話を導入し、哲学的な問題から焦点を外さないようにしているのである。興味深いことに、彼らの方法論によって、初等教育後期から中等教育段階の生徒でも、哲学的な文章を扱ってメタ分析ができるようになるのである[14]

イギリスに拠点を置く「シンキング・スペース(Thinking Space)」は哲学者のグレース・ロビンソンによって設立されたが、このスペースでは哲学者や教育者のネットワークが提携し、遊戯や実験を交えた協働を行っている。アーティスト、科学者、研究者などを含む幅広い実践者の力を借りることで、子どもや若者に対して生きた哲学的問題を提供することが狙いである。シンキング・スペースの最も顕著な取り組みとして、リーズ大学との協働による「リーズ哲学交流(Leeds Philosophy Exchange)」プログラムがある。これは学部生向けの正規の授業であり、シンキング・スペースで訓練を受けた教師と協力して、リーズ大学哲学科の学生が地元の学校で哲学的探究のファシリテーターになるというものである。

子どもとともに哲学を行う顕著な実践例としては、クリス・フィリップスがシーザー・チャベス小学校(アメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコミッション地区)で行っている「フィロソファーズ・クラブ(Philosophers Club)」がある[15]

ノートルダム・ド・ナミュール大学のウィリアム・バリー教授は、「子どもと共同体のための哲学(Philosophy for Children and Community, P4c2)」と呼ばれる新たなアプローチをサンフランシスコのベイエリアで開始した。P4Cを進化させたこの実践では、若者が批判的思考力を持つ新米アクション・リサーチャーになると同時に、探求の共同体における重要な一員になることで、参加者全員の自己実現を目指している。バリーのP4c2構想におけるもう一つの重要な要素は、探求の共同体に参加することで、実践において質が持つ意味を質転換理論(TQ Theory)を通じて理解し、それによって子どもが存在論的な重みを獲得することである。近年、リビング・リーダーシップ・トゥデイ(Living Leadership Today)有限会社創立者のマリア・レイチェルによってカリフォルニアのシリコンバレーにP4c2研究所(The Institute of P4c2)が作られ、オンラインの国際的学術誌『International Journal of Transformative Research』が創刊された ⇒[2]


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