姫路バイパス
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一般国道 自動車専用道路
(無料)

姫路バイパス
路線延長18.4 km
開通年1970年
起点高砂市
主な
経由都市姫路市
終点太子町
接続する
主な道路
記法加古川バイパス
国道250号
.mw-parser-output .jaexpsign{text-align:center;background-color:#00702C;color:white}.mw-parser-output .jaroadsign{text-align:center;background-color:blue;color:white}.mw-parser-output .roadname{width:250px;border-radius:10px;padding:1em;margin:0.2em auto}.mw-parser-output .roadname p{margin:5px auto}.mw-parser-output .routenumber{display:inline-block;min-width:2em;border-radius:4px;padding-left:0.25em;padding-right:0.25em;font-weight:bold}E95 播但連絡道路
国道312号
国道179号
太子竜野バイパス
テンプレート(ノート 使い方) PJ道路
姫路バイパス 市川ランプ付近
兵庫県姫路市北原

姫路バイパス(ひめじバイパス、英語: HIMEJI BYPASS)は、兵庫県高砂市高砂北ランプから同県揖保郡太子町太子東ランプに至る国道2号バイパスである。

姫路市を横断し、阪神高速道路 - 第二神明道路 - 加古川バイパス - 姫路バイパス - 太子竜野バイパスと相互接続された、阪神・播磨間臨海地域の一大バイパス群を形成する。
概要

総延長 : 18.4
km

道路規格 : 第1種第3級(自動車専用道路)

車線数 : 4車線(高砂西IC - 姫路南ICは6車線)

事業費 : 338億6千9百万

最高速度 : 70 km/h

2000年(平成12年)の無料開放までは、姫路東 - 中地姫路西 - 太子東建設省が、高砂北 - 姫路東と中地 - 姫路西は日本道路公団が管理していた。料金は高砂北 - 姫路東は普通車で200円、中地 - 姫路西は無料であった。無料開放後は全区間を国土交通省が管理しているが、渋滞が頻発しており[1]、姫路バイパスのバイパス道路として播磨臨海地域道路が計画されている。
道路の位置関係

(←岡山方面) 太子竜野バイパス - 姫路バイパス - 加古川バイパス - 第二神明道路 - 阪神高速3号神戸線大阪方面→)

阪神高速から太子竜野バイパスまでの間は、道なりに進んで往来することが可能。
インターチェンジなど

上側が起点側、下側が終点側。左側が上り側、右側が下り側。

路線名の特記がないものは
市道

施設名接続路線名大阪から
(km)所在地
国道2号 加古川バイパス 大阪神戸方面
高砂北ランプ国道2号旧道76.4高砂市
高砂西ランプ県道555号曽根阿弥陀線国道250号79.4
別所ランプ/別所PA-82.9姫路市
姫路JCTE95 播但連絡道路-83.2
姫路東ランプ国道312号県道551号国分寺白浜線84.0
市川ランプ姫路方面飾磨方面88.2
姫路南ランプ姫路市街方面飾磨方面89.0
中地ランプ姫路市街方面広畑姫路城方面90.9
姫路西ランプ/姫路SA青山・広畑方面-94.6
太子東ランプ国道2号旧道 青山方面国道179号95.7太子町
国道2号 太子竜野バイパス 岡山相生方面

歴史[2]

播磨臨海工業地帯の拡充とモータリゼーションの進行により、姫路市内では交通渋滞問題が激しくなっていた。国道2号の交通量は、1963年の一日2万台から1968年には5万台を超え、「昔箱根、今姫路」といわれるほどの交通の難所となっていた。そこで、幹線国道を管理する建設省近畿地方建設局姫路工事事務所を中心に、バイパスの設置や道路の拡幅等の計画が策定・整備された。

すでに1950年代半ばから、姫路商工会議所は高砂市魚橋―太子町山田間の播磨国道(姫路バイパス)の建設促進要望を関係機関に繰り返し行なっていた。同バイパスの調査計画は1960年から開始されたが、バイパスの建設・開通には時間がかかると見込まれたため、1970年2月1日からひとまず国道2号を東行き一方通行、姫路市道十二所前線を西行き一方通行として、渋滞問題に対処することになった。一方通行区間は、日ノ本学園前から西今宿三丁目までの3.6kmである。この一方通行措置は、交通量増大のためバイパス開通後も続いている。

国道2号姫路バイパスの工事は、1967年10月に都市計画決定がなされ、1970年10月に着工された。道路構造は、市街部は連続高架とし、田園部は高盛土構造とされた。

第一期工事(姫路東ランプ―中地ランプ間)は1973年7月に暫定供用が開始。第二期工事(高砂北ランプ―姫路東ランプ間)は日本道路公団の資金を導入し、受託工事として実施したが、工事が大幅に遅れてしまい、1975年12月にようやく有料道路として開通した。さらに第三期工事(中地ランプ―太子町山田ランプ間)が四車線で開通し、国道二号姫路バイパスが全線開通したのは、1975年12月のことであった。
沿革

1966年(昭和41年) : 事業化。

1970年(昭和45年) : 施工開始。

1975年(昭和50年)12月 : 全線2車線(一部4車線)で暫定供用開始。

1985年(昭和60年)12月 : 全線4車線で供用開始。また、太子竜野バイパスが開通。

1990年(平成2年)3月 : 高砂西IC - 姫路南ICで6車線供用開始。

1994年(平成6年)7月 : 償還完了。太子竜野バイパスと合わせてプール制適用(償還計画上、両バイパスを同一路線とみなす。姫路プールと言われた。連続区間なので回数券も共通とされた。)。

1995年(平成7年)1月22日 : 同年1月17日阪神・淡路大震災橋脚3・路面1の損傷を受けるが全面復旧。

2000年(平成12年)12月11日 : 料金徴収期間満了に伴い、午前0時より太子竜野バイパスと合わせて無料開放[3]

2015年(平成27年)3月21日 : 別所ランプがフルランプ化された。

2024年(令和6年)3月23日 : 苫編地区北側側道橋(姫路市苫編、0.5 km)が開通[4]

交通量

全線を通した平均交通量は一日当たり11万1866台。国内屈指の交通量を有しており、特に高砂市 - 姫路市間で記録した11万8038台/日は国道2号中最多であるほか、高速自動車国道を除くと兵庫県内でも首位の交通量である(高速自動車国道を含めた交通量では中国自動車道宝塚IC - 西宮山口JCTの12万4014台/日が首位となるため、同区間は次いで県内2位、姫路市内で記録した11万8818台/日は次点の3位となる)。


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