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おくだいら やすひろ
奥平 康弘
生誕 (1929-05-19) 1929年5月19日
日本 北海道函館市
死没 (2015-01-26) 2015年1月26日(85歳没)
日本 東京都
出身校東京大学
職業法学者
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奥平 康弘(おくだいら やすひろ、1929年(昭和4年)5月19日 - 2015年(平成27年)1月26日)は、日本の法学者(憲法〈表現の自由及びアメリカ合衆国憲法〉)。エッセイスト。東京大学名誉教授[1]。 北海道函館市生まれ。鵜飼信成と宮澤俊義の弟子。法学界・法曹界に止まらず、広く影響力を有する法学者だった。九条の会の呼びかけ人の一人で、エッセイも多数執筆。日本ビデオ倫理協会評議員、自由人権協会評議員も務めた。 「学者」という呼称を敬遠し、大学を離れて以降、「憲法研究者」という肩書きを名乗ることが多かった。 奈良県医師宅放火殺人の供述調書漏洩事件をうけて講談社が2007年[2]に設置した第三者委員会である『僕はパパを殺すことに決めた』調査委員会の委員長を務めた[3]。 ヘイトスピーチ問題について、「処罰ではなく文化力の形成を」と処罰規定に反対姿勢を示していた[4]。 2015年1月26日、急性心筋梗塞のため東京都内の自宅で死去した[1][5]。85歳没。
人物
学歴
北海道庁立函館中学校(現・北海道函館中部高等学校)卒業
1950年 - 旧制弘前高等学校(現・弘前大学)卒業
1953年 - 東京大学法学部法律学科卒業
1962年 - ペンシルベニア大学ロースクール修了、比較法学修士
職歴
1953年 - 東京大学社会科学研究所助手
1957年 - 専修大学法学部講師( - 1959年)
1961年 - 名古屋大学法学部助教授
1966年 - 東京大学社会科学研究所助教授
1970年 - オーストラリア国立大学国際関係部門客員研究員
1973年 - 東京大学社会科学研究所教授(1986年 - 1988年 所長)
1980年 - コロンビア大学・ロー・スクール客員教授
1990年 - 国際基督教大学教授( - 1997年)
1999年 - 神奈川大学短期大学部特任教授( - 2002年)
2006年 - 立命館大学客員教授( - 2007年)
親族
妻:1930年生まれ。女子美術大学卒業。
長男:1958年生まれ。
長女:1961年生まれ。クラーク大学卒業。
弟:奥平忠志 地理学者。
著書
単著
『表現の自由とはなにか』(中公新書、1970年)
『治安維持法小史』(筑摩書房、1977年)岩波現代文庫、2006年)
『知る権利』(岩波書店、1979年)
『同時代への発言―一憲法学徒として』(東京大学出版会、1979年)
『憲法―学習と実践のために』(弘文堂、1981年)
『現代の視点―反・大勢からの発想 1978-1980』(日本評論社、1982年)
『表現の自由(1)理論と歴史』(有斐閣、1983年)
『表現の自由(2)現代における展開』(有斐閣、1984年)OD版(2008年)ISBN 9784641905764
『表現の自由(3)政治的自由』(有斐閣、1984年)OD版(2008年)ISBN 9784641905771
『日本国憲法 理解と実践のために』高校生のための現代社会 東研出版 1984
『日本人の憲法感覚』(筑摩書房、1985年)
『ヒラヒラ文化批判』(有斐閣、1986年)
『なぜ「表現の自由」か』(東京大学出版会、1988年)
『憲法にこだわる』(日本評論社、1988年)
『憲法が保障する権利』(有斐閣、1993年)
『いかそう日本国憲法―第九条を中心に』(岩波ジュニア新書、1994年)
『憲法裁判の可能性』(岩波書店、1995年)
『法ってなんだ』大蔵省印刷局、1995年
『これが破防法』(花伝社・共栄書房、1996年)
『ジャーナリズムと法』(新世社、1997年)
『憲法の眼』(悠々社、1998年)
『「表現の自由」を求めて―アメリカにおける権利獲得の軌跡』(岩波書店、1999年)
『憲法の想像力』(日本評論社、2003年)ISBN 9784535511255
『最近の憲法をめぐる諸問題について ― 奥平康弘教授講演録』(自由人権協会、2004年)ISBN 9784915723254