太郎代
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太郎代
大字

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日本
都道府県 新潟県
市町村 新潟市
北区
人口(2018年(平成30年)1月31日現在)[1]
 ? 合計701人
等時帯UTC+9 (日本標準時)
郵便番号950-3101[2]
市外局番025 (新潟MA)[3]
ナンバープレート新潟

太郎代(たろうだい)は、新潟県新潟市北区の北東部に位置する大字。同区内の地区割りでは北地区南浜地域に属する。郵便番号は950-3101[2]
概要

かつての北蒲原郡太郎代浜村。江戸期から1889年(明治22年)までの村名で、村名はかつてこの地を治めた斎藤太郎太夫にちなむ。太郎太夫とも称した[4]。明治の大合併で周辺の村と合併して同郡南浜村となり、更に昭和の大合併で新潟市に編入し、太郎代と名称を改めた。

太郎代の集落は市域の最も北東部に位置し、新潟港東港区(新潟東港)の西側に面している。砂丘地にあって土地の高低差があり、坂道が多いのが特徴である。元々は小さな漁村であったが、新潟東港の開発によって工業地域として発展する一方、集落の集団移転問題など様々な問題を抱えていた。

太郎代には2005年(平成17年)10月31日現在で236世帯、836人が居住している。

集落の周囲は港湾施設や工場コンビナートなどが林立し、旧南浜村の中心地である島見町との間には「新潟市東港工業団地」が造成され、金属・石油化学・食品など多岐にわたる業種の企業が出先や拠点を置いている。
隣接する町字

北から東回り順に、以下の町字と隣接する。

横土居

白勢町

島見町

新潟東港を挟んで聖籠町東港と隣接。
歴史
集落移転問題

1962年に始まった新潟東港整備事業の一環で、太郎代地区に埠頭や工業団地を造成する計画が立てられ、これに伴い集落を集団移転させる計画が浮上した。このうち新渡の集落は1968年に太夫浜地内に新たに造成された宅地へ集団移転し、移転先の地名は「新富町[5]」となった。

残る太郎代の集落についても集団移転する方向で県と地元住民が話し合いを続けてきた。既に工業地化が進み、住環境が次第に低下し始めたことから住民の多くは集団移転を求めていたものの、県側が示した土地買収提示額の低さに難色を示す地主も多く、協議は遅々として進まなかった。さらに1990年代前半にバブル景気崩壊によって経済情勢が変化したこともあって、仮に集落を移転し工業地化を進めても利用の見通しが立たない状況に陥ったことから、結局2002年[6][7]に県は工業地化を断念、集落の移転も凍結された。

この間、太郎代は上水道下水道都市ガスなど生活インフラの整備が他の地域よりも立ち遅れていた。また、一部の住民は集団移転が行われる前提で住宅の建替え・改修なども行わなかったこともあいまって、劣悪な環境下で生活し続けていた。だが、このように集団移転計画が宙に浮いたことから、これらインフラの再整備を行う必要が生じるなど、新たな問題も引き起こしている。

太郎代の上水道は1983年秋から、県と東港周辺の市町村による事務組合「新潟東港臨海水道企業団」が事業を行っていた。同企業団は東港周辺の企業向けに大口の上水道配水を行う目的で設立されたものだが、太郎代は前述の通り工業用地化を前提としていたため、同企業団の管轄区域とした上で「簡易水道」として配水する措置が取られていた。しかし同企業団は東港の開発停滞が慢性化して業績不振となり、2009年秋に全業務を明和工業へ譲渡して解散した。明和工業が業務を継承した後も、太郎代へは簡易水道としての配水業務を継続している。なお、新潟市水道局は太郎代における配水業務には携わっていない。
年表

1889年4月1日 太郎代浜村と島見浜村、神谷内新田、太夫浜村が合併し、南浜村となり、大字太郎代となる。

1954年11月1日 南浜村が新潟市に編入され、新潟市の大字となる。南浜地域の行政上の地区割りは松浜、濁川両地域とともに「北地区」となる。

2007年4月1日 新潟市が政令指定都市に移行。北地区(上述の旧市域3地域)は豊栄地区とともに「北区」の区域となる。

世帯数と人口

2018年(平成30年)1月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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