大鳴門橋
徳島県側の鳴門山から見た大鳴門橋(2007年10月)。
路線規格
路線名国道28号(神戸淡路鳴門自動車道)
道路区分第1種第2級
車線数暫定4車線(設計上は6車線)
設計速度時速100キロメートル
兵庫県側の鳴門岬から見た大鳴門橋(2019年10月)。上空から見た大鳴門橋(2007年3月)。橋脚は、渦潮への影響を最小限に抑えるためにユニークな多柱基礎構造を採用した。大鳴門橋の上層は道路として利用されている。橋の下層は新幹線が敷設可能な構造となっている。大鳴門橋の夜景。大鳴門橋の西端部にある亀浦高架橋。上り線(神戸方面)3車線分を使用した暫定4車線である。
大鳴門橋(おおなるときょう)は、兵庫県南あわじ市福良丙 (淡路島門崎)と徳島県鳴門市鳴門町土佐泊浦(大毛島孫崎)間の鳴門海峡の最狭部を結ぶ吊橋。1985年(昭和60年)6月8日に開通した。
本州四国連絡高速道路が管理しており、本州と四国を結ぶ三つの本四架橋ルートの1つである神戸淡路鳴門自動車道として供用され、四国地方と近畿地方の交通の要になっている。 橋長は1,629メートル、中央径間は876メートル、幅は25メートル、主塔の高さは144.3メートル。鳴門海峡の渦潮に影響を及ぼさないようにするため、多柱基礎工法とよばれる特殊な工法が採用されている[2]。橋は上下2層式となっており、上部は片側3車線の道路(現在は計6車線の内、中央4車線を使用)、下部は将来的に鉄道 (四国新幹線)を通すことが出来る構造となっている。ただし、明石海峡大橋が道路単独橋で建設されたので淡路島より本州方面への鉄道整備に関しては紀淡海峡トンネル等別途トンネル建設ないし架橋が必要となる。 大鳴門橋の両端にある伊昆高架橋・門崎高架橋(兵庫側)および亀浦高架橋(徳島側)が6車線分の半断面(両高架橋共に上り線(神戸方面)の3車線分)を使用して暫定4車線としているため、最高速度が時速70キロメートル (km/h) に制限されている(車線幅が一般道路並であるので、開通当初は60 km/hであった)。 地形上風が強く、速度規制(通常時70 km/h、規制時40 km/h)がよく行われる区間でもある。 淡路島南IC?鳴門北IC間のキロ当たりの通行料金は普通車で約161.97円となっている。 開通当初は橋上で鳴門の渦潮を見ようとするドライバーが後を絶たなかった。そのため橋上区間全体にわたって路側帯には「停駐車禁止 路側走行禁止」〔ママ〕と標示されている。また、橋上には至る所にスピーカーが設置されていて、ドライバーに警告を発している。 淡路島 - 鳴門間は鳴門フェリー(日本で最初の本格的なフェリーとも言われる[注釈 1])、淡路フェリーボートのフェリー航路が廃止されたため大鳴門橋以外に渡航ルートがなく、現在では徒歩および軽車両・原動機付自転車・小型自動二輪車・ミニカーで淡路島 - 四国間を行き来することができない。また、歩行者や自転車が通行できるような専用の通路の設置も現状では困難となっている[4]。 徳島県を代表する観光地のひとつであり、鳴門側から橋脚付近まで、橋桁下部に設置された延長約450メートルの遊歩道である「渦の道」を進むと、展望台から鳴門海峡のパノラマや、足元から45メートル真下に鳴門の渦潮を見下ろすことができる[2]。鳴門の渦潮と共にこの橋は徳島県の代表的な建築物として県民から愛されており、@media screen{.mw-parser-output .fix-domain{border-bottom:dashed 1px}}地元ローカル番組の『おはようとくしま』ではほぼ毎日この橋が映し出されていた。[いつ?] 先述のように橋桁下部空間は鉄道を敷設しうる構造として建設されたが、明石海峡大橋は鉄道を通さない構造で建設されたため、淡路島 - 本州間については別途ルートの整備が必要となる。 代わりに、紀淡海峡に鉄道を通して和歌山[要曖昧さ回避]から鳴門に至る[注釈 2]、もしくは明石海峡に鉄道トンネルを掘削することで、大鳴門橋を活用しようとする模索は続けられている。2000年4月、徳島県では橋の鉄道予定空間を利用して鳴門の渦潮の見学施設である渦の道を建設し、鳴門公園の新たな観光スポットとして人気を集めている。 鉄道建設・運輸施設整備支援機構は2007年度まで紀淡海峡にトンネルを掘るための地質調査を続けてきた[6]が、予算の有効利用の観点から見直しの議論が起き、2008年度は予算を執行していない。 サイクルツーリズムの興隆を受け、鉄道部分を利用して、徳島県と兵庫県が共同で淡路島一周のアワイチなどとの連携を視野に入れた自転車専用道路を敷設する計画があり[7]、徳島県知事飯泉嘉門[8]、兵庫県知事斎藤元彦は相次いで2023年度内の事業化の意向を示した[9]。2023年度に事業化した場合2027年度の完成を見通す[10]。「渦の道」を残した形での整備が課題になっていたが、可能であると判断された[11]。展望台部分は押し歩きすることを想定している[12]。 なお、着工後に四国新幹線建設の見通しが不明確なことと建設費の圧縮を理由として、一度に1列車しか橋上を通過できない「単線載荷」への設計変更が1980年になされているため、仮に鉄道が敷設されても大鳴門橋の区間は実質的に単線運行となる(参考:参議院建設委員会議事録1981年6月2日
概要
鉄道部分の利用