大統領図書館
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最も新しい大統領図書館、ジョージ・W・ブッシュ大統領図書館

大統領図書館(だいとうりょう としょかん、: presidential library)は、アメリカ合衆国大統領が任期中に関与した公務に関する資料や書翰・写真などを保管し、かつ一般に公開している比較的大規模な施設である。第32代大統領フランクリン・ルーズベルトによってこのシステムが作られ、以来、歴代の大統領が職を去った後にこれをつくる慣例がある[1]

図書館」という名前が付いているが、中心的な機能は大統領の執務資料である公文書の保存管理をおこなう公文書館であり、同時に、大統領に関わる資料展示をおこなう博物館としての機能もあわせもつ[1]。退任した大統領の記念館でもある。大統領の蔵書やその人についての研究書も含めた図書館的な要素もあり、一人の人物をテーマにした総合的な資料施設である[1]

民間の資金で建設されるが、その後の運営及び大統領文書の管理はアメリカ国立公文書記録管理局(National Archives and Record Agency: NARA)によって行われている[1]アメリカ合衆国で普及している施設であり、それ以外の国でこのような施設はほとんど見られない。
沿革フランクリン・ルーズベルト大統領図書館

中世以降のヨーロッパでは戦乱や内紛の度に貴重な公文書が焼失もしくは散逸していた。アメリカでは国家の誕生以来、このような事態を防ぐために公文書の一括管理を行うべきであるという主張があった。しかし実際には初期の合衆国において公文書は政府の機関で各々が保管していた。大統領関連の書類は政府の公文書とみなされず、退任後本人もしくはその親族・友人が個人の所有物として保有するという状況が続いていた。議会図書館や歴史協会に寄贈された資料もあるが、散逸したり廃棄処分となったものもあり、多くの貴重な歴史的資料が失われてしまった。そのため国家あるいは州の機関は、過去の大統領が任期中に関係した公文書の一部を徐々に収集し管理するようになった。

現在のような大統領図書館のシステムを初めて生み出したのは第32代大統領フランクリン・ルーズベルトである[1]。この施設に「図書館」という呼称を与えた理由として、当時まだ新しい概念であった文書館(archives)では研究者のための施設というイメージが強く、一般にアピールしないと考えたからであるとされる[1]1939年、任期中のルーズベルトは職務関連の書類と個人的な資料を政府に寄贈し、ニューヨーク州ハイドパークにある自分の土地も国に寄贈する約束をした。同時期に大統領の支援者が図書館と博物館の建設費寄付を募るために非営利団体を創立した。ルーズベルトはアメリカ国立公文書記録管理局(通称 NARA)に、大統領書類やほかの歴史的資料を保護し、大統領図書館を運営するよう依頼した。こうして最初の大統領図書館が1941年に開館した。

ルーズベルトの大統領図書館の方針と運営システムは1955年にほぼそのままアメリカ連邦法である大統領図書館法(英語版)の基礎案となった。この法律ではより良い資料の保存と一般市民への情報公開のために、大統領が歴史的価値のある自身の書類を政府に寄付することを奨励している。この時点では、まだ大統領関連書類は大統領の私物とみなされていた。1957年に2番目の大統領図書館として、次のトルーマンの大統領図書館(Harry S. Truman Presidential Library and Museum)が開館した。1962年には、その次のアイゼンハワーの大統領図書館と、まだ存命していたルーズベルトの前任者フーヴァーの大統領図書館が完成している。フーヴァーより前の大統領の資料は、NARAの管轄ではなく独立した5つの大統領図書館(リスト参照)に、または寄贈先として選ばれることの多かった議会図書館に保管されている可能性が高い。
ウォーターゲート事件

1974年8月9日ウォーターゲート事件で辞任したニクソン大統領は、9月6日に当時政府公文書を管理していた共通役務庁(General Services Administration)の長官アーサー・サンプソンと、ウォータゲートの証拠となるホワイトハウスの録音テープを含む大統領資料を自分自身が管理する協定を結んだ。そのため12月19日アメリカ合衆国議会は大統領録音記録および資料保存法(Presidential Recordings and Materials Preservation Act)を施行した。ニクソンによる資料廃棄を避けるため、ニクソン大統領だけに適用された法である。この法で、国家権力の濫用とウォーターゲート事件に関する資料を最優先でアメリカ国立公文書記録管理局(NARA)に保管して一般公開されることが定められた。ニクソンは事件に関わる録音テープも含めた資料を国に提出したが、この新法がなければ、ニクソンの死亡時あるいはニクソンの命令があれば資料提出5年後の1979年にこれらの資料を廃棄することが可能であった。リチャード・ニクソン大統領生誕地図書館

基本的には大統領が任期中に関わった資料はすべてが大統領図書館に収容され、すべての人が閲覧することが出来る。唯一の例外が1990年カリフォルニア州ヨーバ・リンダに完成した、私営のリチャード・ニクソン大統領生誕地図書館であった。ニクソン大統領に関する資料は、ニクソン大統領生誕地図書館に展示されているものと、ウォーターゲート事件に関係あるとして国に差し押さえられたものに二分されてきた。

国に押収された資料は、大統領録音記録および資料保存法に従い、NARAの管轄下にあるニクソン大統領資料局(ニクソン・プロジェクトとも呼ばれる)が管理しており、ワシントンD.C.郊外のNARA新館に保存されている。

しかしNARAに所蔵されるニクソン資料はわずかしか一般公開されておらず、1992年3月に、大統領歴史研究家であるウィスコンシン大学の歴史学・法学の教授が消費者主張団体と共に、ニクソン資料の迅速な公開を求める訴訟を起こした。


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