この項目では、1923年に南関東で発生した地震について説明しています。
本地震により引き起こされた震災については「関東大震災」をご覧ください。
相模トラフ沿いの海溝型地震全般については「相模トラフ巨大地震」をご覧ください。
南関東の直下型地震全般については「南関東直下地震」をご覧ください。
関東大地震
地震の揺れで倒壊した浅草の凌雲閣
本震
発生日1923年(大正12年)9月1日
発生時刻午前11時58分31.6秒[1][2]
持続時間48秒[3]
震央 日本 山梨県東部、または神奈川県西部、または相模湾
震源の深さ23 km
規模 マグニチュード Mj 7.9-8.1, Ms 8.2-8.3, Mw 7.9-8.2
最大震度 震度7:東京府神奈川県 千葉県房総半島など(推定)
津波12m:静岡県田方郡熱海町[4][5]
地震の種類海溝型地震
右横ずれ成分含む低角逆断層[6]
地すべり根府川付近で大規模な地滑り(根府川駅列車転落事故)
余震
回数M7以上の余震が6回[7]
被害
死傷者数死者・行方不明者105,385人[8]
被害総額
約45億円[9](現代の18兆円に値する)
被害地域関東地方のほか、静岡県、山梨県、長野県など
プロジェクト:地球科学
プロジェクト:災害
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関東地震(かんとうじしん)は、1923年(大正12年)9月1日に南関東を中心に発生した巨大地震であり[10][11]、関東大震災を引き起こしたことで知られる[12]。関東大地震(かんとうおおじしん、かんとうだいじしん)とも呼称される[13][14][15]。
なお、元禄16年(1703年)の地震も本地震と類似のメカニズムで起こったと考えられており、本地震を大正関東地震、1703年の地震を元禄関東地震と称する場合もある[16][17][18]。また、これらの地震は相模トラフのプレート境界に沿って発生したと考えられており[19]、相模トラフ巨大地震とも総称される[20][注 1]。 本地震のメカニズムは、金森博雄(1971)のモデルによれば、震源域は三浦半島の延長線方向の相模トラフの走行に平行する右横ずれの低角逆断層とされる[6][22]。武村雅之(1996)も、P波の初動分布による震源メカニズムは、金森(1971)が指摘する通りフィリピン海プレートの沈み込み方向から判断される北北東に34°傾斜する節面が断層面と考えられ、横ずれ成分を多く含むことを支持するとしているが[23]、異説も有り解明には至っていない(後述)。地震調査委員会は発生要因をフィリピン海プレートの沈み込みによって生じたプレート境界での北米プレートの跳ね返りとしている[24]。 一方で、フィリピン海プレートと本州側のプレートとの力学的境界は既に銭洲付近にあり、地質学的時間スケールでは駿河トラフ沿いで起こるとされる想定東海地震も、本地震もプレート内地震となるとする見解も出されている[25]。 地殻変動による推定から震源断層は湘南地方の内陸深くまで及んでいると考えられており[16]、小田原付近の揺れが最も激しかった[12]。
概要