大悲心陀羅尼
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大悲心陀羅尼(だいひしんだらに)は、仏教陀羅尼である。大悲円満無礙神呪(だいひえんまんむげじんしゅ、だいひえんもんぶかいじんしゅ)または大悲呪(だいひじゅ)等ともいう。『千手千眼観世音菩薩広大円満無礙大悲心陀羅尼経』に含まれているため千手観音の陀羅尼として知られているが、元々は青頸観音(しょうきょうかんのん)という別の変化観音のものである。そのため、青頸陀羅尼(梵語:N?laka??ha Dh?ra??、ニーラカンタ・ダーラニー)、青頸大悲心陀羅尼等とも呼ばれる。日本では「なむからたんのー、とらやーやー」という出だしで知られており、主に禅宗で広く読誦される。
概要
漢訳

陀羅尼には中国ベトナム日本で広く普及しているテキスト(以下「抄本」)と、それよりも長く、整えられたもの(以下「広本」)が現存する[1]。一方、朝鮮半島では広本に見られる句を含む抄本を基にしたテキストが使用されている[2]
抄本

伽梵達摩訳『 ⇒
千手千眼観世音菩薩広大円満無礙大悲心陀羅尼経』(大正蔵1060)
西インド出身の僧・伽梵達摩(Bhagavaddharma、がぼんだつま/かぼんだるま、漢名:尊法、生没年不詳)による漢訳とされるが、サンスクリット本はなく偽経ともいわれる[3]。『宋高僧伝』「巻第二」では訳出を高宗永徽顕慶年間(650?661年)と推測している[注釈 1][4]。日本や中国で常用されるテキストはこれに基づく。

不空訳『 ⇒千手千眼観世音菩薩大悲心陀羅尼』(大正蔵1064)
伽梵達摩訳を基にしたもの。陀羅尼の説明や、千手観音が手にする持物の功徳と真言が含まれている。

不空訳『 ⇒大慈大悲救苦観世音自在王菩薩広大円満無礙自在青頸大悲心陀羅尼』(大正蔵1113b)
梵字で書かれたサンスクリット語原文と音写(句の分け方以外は伽梵達摩訳の陀羅尼部分とほぼ同じ)とからなっている。

抄本は東アジアで最もよく読誦されるテキストでありながらも音訳が精密でなく、略訛と思われる語句や難解な部分が多い[5][6]。特徴として「ニーラカンタ」(N?laka??ha)という単語を「那?謹?」(中央アジアの言語からの重訳か。不空訳『青頸大悲心陀羅尼』の梵字部分では「Narakidhi」または「Narakindi」)と音写していることが注目される[6]
広本梵字ソグド文字で書かれた青頸陀羅尼(Or.8212/175、敦煌出土、8世紀、大英図書館所蔵)

金剛智訳『 ⇒千手千眼観自在菩薩広大円満無礙大悲心陀羅尼呪本』(大正蔵1061)

金剛智訳『 ⇒金剛頂瑜伽青頸大悲王観自在念誦儀軌』(大正蔵1112)

不空訳『 ⇒青頸観自在菩薩心陀羅尼経』(大正蔵1111)
青頸観音の像容やその印相の説明が含まれている。

指空校『 ⇒観自在菩薩広大円満無礙大悲心陀羅尼』(大正蔵1113a)
指空(Dhy?nabhadra、1363年没)によるもの。
チベット語訳

訳経僧・法成(????????、チョドゥプ、Chos-grub、生没年不詳)が9世紀の半ば頃に漢訳からチベット語に重訳したと言われる『聖、千手千眼を有する観自在菩薩無磯大悲心を広大に正円満すと名付くる陀羅尼』(????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????、'Phags-pa byang-chub sems-dpa' spyan-ras-gzigs dbang-phyug phyag-stong spyan-stong dang ldan-pa thogs-pa mi-mnga' ba'i thugs- rje chen-po'i sems rgya-cher yongs-su rdzogs pa zhes-bya-ba'i gzungs)[1]のほか、チャンキャ・ロルペー・ドルジェ(1717年?1786年)による智通訳『千眼千臂観世音菩薩陀羅尼神呪経』(大正蔵 ⇒1057a、 ⇒1057b)の重訳といわれるものがある。(なお、智通訳には大悲呪(青頸陀羅尼)とは異なる陀羅尼が含まれており、ロルペー・ドルジェ訳はこの陀羅尼ではなく法成訳に見られる広本大悲呪を基にしている。)法成訳以前に成立した訳者不詳のものも現存する[7]
写本

千手観音関連の経典や大悲呪の写本が敦煌で多く見つかっている[8][9]。その中の一つは、1912年に探検家オーレル・スタイン莫高窟で発見した広本大悲呪の写本(Or.8212/175、8世紀)である。梵字ソグド文字で書かれたもので、『千手を持つ聖青頸観世音菩薩の名を説く陀羅尼』(ソグド語:1 LPw δsty ??ry?β??wkδ?y?βr ny?knt n?m t?rny)という題目を持つ[10][11][12]
沿革
由来青頸観音菩薩像
サールナート出土)

ローケーシュ・チャンドラ(1988年)の説によると、原形は仏教に取り入れられた「ニーラカンタ神の陀羅尼」(青頸陀羅尼)である[13]。「ニーラカンタ(青い首を持つ者の意、青頸)」とはヒンドゥー教シヴァの異名であり、ここではシヴァとヴィシュヌの合体形・ハリハラを指す[14]。.mw-parser-output .tmulti .thumbinner{display:flex;flex-direction:column}.mw-parser-output .tmulti .trow{display:flex;flex-direction:row;clear:left;flex-wrap:wrap;width:100%;box-sizing:border-box}.mw-parser-output .tmulti .tsingle{margin:1px;float:left}.mw-parser-output .tmulti .theader{clear:both;font-weight:bold;text-align:center;align-self:center;background-color:transparent;width:100%}.mw-parser-output .tmulti .thumbcaption{background-color:transparent}.mw-parser-output .tmulti .text-align-left{text-align:left}.mw-parser-output .tmulti .text-align-right{text-align:right}.mw-parser-output .tmulti .text-align-center{text-align:center}@media all and (max-width:720px){.mw-parser-output .tmulti .thumbinner{width:100%!important;box-sizing:border-box;max-width:none!important;align-items:center}.mw-parser-output .tmulti .trow{justify-content:center}.mw-parser-output .tmulti .tsingle{float:none!important;max-width:100%!important;box-sizing:border-box;align-items:center}.mw-parser-output .tmulti .trow>.thumbcaption{text-align:center}}獅子面と猪面を持つヴィジュヌ像

広本のテキスト(金剛智訳『大悲心陀羅尼呪本』等)で見られる通り、元々は「観音菩薩によって説かれた(?ry?valokite?vara-bh??ita?)」形式の陀羅尼であったが、ニーラカンタ(ハリハラ)が「青頸観音」として観音と習合されるに連れて、陀羅尼は「観音が説くもの」から「青頸観音について説くもの」へと変化した[13]

仏教に取り込まれた神々が観音と同視される事例は他にもあり、馬頭観音(元はヴィシュヌの化身ハヤグリーヴァ)または准胝観音(元はヒンドゥー教の女神チャンディー)はまさにそれである。実際にはチベット大蔵経中に「観音が説く」ハヤグリーヴァの陀羅尼が見られるが、ここではハヤグリーヴァが未だに観音と同視されていないことが著しい。チャンドラは、「観音によって説かれた」ニーラカンタ(ハリハラ)やハヤグリーヴァの陀羅尼の成立をこの神々の仏教への導入の一環として見ている。要するに、これらの経典では観音が異教の神々の呪文(陀羅尼)を説くことによってその神々を仏教に取り入れるという働きを持つとされている[15]

陀羅尼内には「Hare(ヴィシュヌの別名「ハリ」の呼格)」「Narasi?ha-mukha(ナラシンハの顔を持つ者)」「k???a-sarpopavita(黒蛇を聖紐としてまとう者)」等といったヴィシュヌやシヴァ由来の称号が繰り返されている[16][17]。また、不空訳『青頸観自在菩薩心陀羅尼経』が青頸観音の画像法を以下のように述べている。

其の像三面、当前の正面は慈悲?怡の貌に作り、右辺は獅子面に造り、左辺は猪面に作る。首に賓冠を戴く、冠中に無量寿仏あり。また四臂あり、右第一臂は錫杖を執り、第二臂は蓮華を執把し、左第一は輪を執り、第二はを執り、虎皮を以て裙と為し、黒鹿衣を以て左膊に於て角絡し、黒蛇を被して以て神線と為し、八葉蓮華上に於て立ち、瓔珞、臂釧、鐶珮、光焔其の身を荘厳す。其の神線、左膊より角絡して下る。[18]青頸観自在像(心覚著『別尊雑記』より)


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