大夫
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「太夫」はこの項目へ転送されています。遊女の最高位を意味する太夫については「太夫 (遊女)」をご覧ください。
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出典検索?: "大夫" ? ニュース ・ 書籍 ・ スカラー ・ CiNii ・ J-STAGE ・ NDL ・ dlib.jp ・ ジャパンサーチ ・ TWL(2020年8月)

大夫(たいふ、だいぶ、たゆう)とは、本来古代中国における身分呼称のひとつ。日本では太夫(たゆう)とも表記し、律令制では太政官においては三位以上、においては四位以上、中国以下の国司においては五位以上の官吏の称とされたが、やがて時代が下ると五位の通称となり、さらに転じて身分のある者への呼びかけ、人物の呼称として色々な意味を持つようになった。
中国における大夫

大夫とは、中国の代から春秋戦国時代にかけての身分を表す言葉で、領地を持った貴族王族公族も含む)のことであった。大夫はの下、の上に位した。周代、周王室および諸侯に仕える小領主は大夫と呼ばれ、その上級のものが卿と呼ばれ、国政に参加した。諸侯が横暴であった場合、大夫らにより追放されることもあり、主君を脅かし得る地位を得るようになった。後代には大夫の中に衰退する者も現れたが、その後、有力農民層が新たに士という階級を形成し、地位を得るようになったといわれる。

春秋時代では地方のの長官のことを大夫と呼ぶようになり、後に諸国もこれに倣い、中央集権的な郡県制へと移行することになる。の時代の官制では従二品より従五品下の総称となった。

現在の中国語では医者(:zh:大夫)のことを指す。
朝鮮における大夫

魏略』の逸文によると、箕子の子孫は朝鮮侯を世襲したが、東周が衰退すると王を僭称するようになり、周王朝を尊んでを攻撃しようとした。しかし大夫の礼(人名)が朝鮮王を諌めたので、王は攻撃を中止して、逆に燕に礼を派遣したので燕は朝鮮を攻めるようなことはなかった。衛氏朝鮮では朝鮮王のもとに「稗王」「太子」がおり、「大夫」「大臣」「相」「将軍」が合議して国家運営にあたった。
日本における大夫

後漢書』「東夷伝」や「魏志倭人伝」には、中国に遣わされた倭人の使者が自ら「大夫」と称していたという記述が見られる。しかしこれはきわめて古い時代のことであり、後の時代との関係は明らかではない。

大夫の称は日本の律令制度にも取り入れられ、『公式令』の規定では太政官においては三位以上、においては四位以上、中国以下の国司においては五位以上の官吏の称とされた。すなわち、五位以上の男性官吏を指す称号であるといってよい。官職としての大夫はだいぶと読み(「東宮大夫」など)、単に五位を意味する場合にはたいふと読み分ける。訓読みにおいては、「まえつきみ」である(鬼頭清明 『大和朝廷と東アジア』 吉川弘文館 1994年 p.14)。また五位以下相当の官職の者が五位に叙せられた時、官職の下に大夫と付記する(例えば六位相当の官職である左衛門尉が五位に昇った際、左衛門大夫と称する)。五位にありながら散位即ち無官の者は無官大夫と称される。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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