大友龍三郎
[Wikipedia|▼Menu]

おおとも りゅうざぶろう
大友 龍三郎
プロフィール
本名大友 龍三郎
[1]
性別男性
出身地 日本東京都[2]田無市(現:西東京市[3]
生年月日 (1952-05-18) 1952年5月18日(71歳)
血液型A型[2]
職業声優俳優ナレーター[4]
事務所フリー[5]
公称サイズ(時期不明)[6]
身長 / 体重186[注 1] cm / 79 kg

声優活動
活動期間1979年[2] -
ジャンルアニメゲーム吹き替えナレーション
俳優活動
活動期間1977年[3] -
ジャンルテレビドラマ映画舞台
デビュー作『朝に死す』[3]
声優テンプレート | プロジェクト | カテゴリ

大友 龍三郎(おおとも りゅうざぶろう、1952年5月18日[7] - )は、日本声優俳優ナレーター[4]東京都田無市(現:西東京市)出身[2][3]フリー[5]
経歴

父が前進座の会員だったこともあり、小学校時代から芝居を観る機会はあったが、当時は「役者になりたい」と言えなかった[3]。小学校3年生くらいまでは物も言えないような子供だったという[3]。しかし小学校時代にプールで泳ぐようになると水泳が学校でも一番速く勉強もできなかったが、「何かひとつスポーツができるようになる」と勉強もできるようになった[3]。中学時代はサッカーをして、その後はバレーボールなど色々としており、体育会系だったという[3]東京工業高等専門学校に進学後、早稲田大学の演劇部の出身で、同高等専門学校で講師していた若林俊輔に「演劇部を作るからやらないか」と誘われ、演劇を始める[3]。同高等専門学校中退後、青山杉作記念俳優養成所を経て、劇団青年座に所属[3]。初舞台は同俳優養成所時代のソーントン・ワイルダー作『わが町』だった[3]。舞台『朝に死す』で俳優としての活動を始める[3]。俳優として蜷川幸雄が演出を務める舞台などでキャリアを積みつつ、1977年にテレビドラマ『秋日記』の青ノッポ役で初めて名前のある役を演じている[3]

声優の仕事をするようになったのは、ある日大塚国夫から「お前もやれよ」と引っ張ってもらったのが最初である[3]

声優の初仕事は、インタビューでは「『ザ☆ウルトラマン』ということになっているようですね」と回答している[3]

劇団青年座[3]東京俳優生活協同組合81プロデュース[1]青二プロダクションを経てフリー[5]
人物

シリアスな役や威厳ある悪役を担当することが多く、子供向けアニメの悪役を数多く担当している。

洋画吹き替えではクランシー・ブラウンロン・パールマンなどの吹き替えを担当している。

中学1年生の時におたふく風邪になり、1週間くらい経って現在の1オクターブ以上低い声になったという[3]

主役は『ターミネーター』のアーノルド・シュワルツェネッガーの吹き替え(1987年10月18日『日曜洋画劇場』で初放映)で演じたのが初めてとされ、その後はサイボーグのような役が増えたという。また、シュワルツェネッガーの専属(フィックス)は玄田哲章となった現在も、「この作品(『ターミネーター』)の極悪非道・冷徹無比の悪役サイボーグ(T-800)を演じたシュワルツェネッガーには大友の人並外れた重低音はまさにピッタリ」との声が多くある[3][8]

座右の銘は、「明日は明日の風が吹く。今日一日をたっぷりと、適当に生きること」であると語っている[9]

父は中島飛行機の機械士であり、終戦後、アメリカ空軍立川基地の整備士や食料品店を営んでいた[3]。兄がいる[3]
出演

太字はメインキャラクター。
テレビアニメ
1979年


ザ☆ウルトラマン(1979年 - 1980年、ロイガー)

1980年


ゼンダマン(ムサシ)

1986年


マシンロボ クロノスの大逆襲(アシュラ)

1987年


マシンロボ ぶっちぎりバトルハッカーズ(ディラン総統〈初代〉)

1989年


ミスター味っ子(寿司政)

1990年


からくり剣豪伝ムサシロード(クロダー)

三つ目がとおる(マクベス)

1991年


横山光輝 三国志(1991年 - 1992年、董卓[10]


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:194 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef