大井神社_(亀岡市)
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大井神社

入口
所在地京都府亀岡市大井町並河1-3-25
位置北緯35度01分53.54秒
東経135度33分24.90秒座標: 北緯35度01分53.54秒 東経135度33分24.90秒
主祭神月読命
市杵島姫命
木俣神
社格式内社(小)
郷社
創建(伝)和銅3年(710年
例祭10月16日
主な神事立花行事(8月19日
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大井神社(おおいじんじゃ)は、京都府亀岡市大井町にある神社式内社旧社格郷社
目次

1 祭神

2 歴史

2.1 伝承

2.2 概史


3 境内

4 摂末社

5 祭事

6 文化財

6.1 京都府指定文化財


7 現地情報

8 脚注

9 参考文献

10 外部リンク

祭神

月読命(つきよみのみこと)

市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)

木俣命(きのまたのみこと) - 別名を御井神(みいのかみ)

歴史
伝承
鯉伝説

創建に関わる伝承として、大宝2年(702年)に京都市西京区松尾大社から月読命と市杵島姫命[1]の背に乗って大堰川を遡上したが、八畳岩辺りから保津の急流で進めなくなったのでに乗り換え、亀岡市河原林町勝林島の在元淵にまで至った。それを見た工匠が社を建立したという(河原林町の大井神社)。その後、現在地に遷ったと伝えられる[2][3]

以上の伝承から、当社では鯉が神使とされているほか、当社の氏子は鯉を食べることを禁忌とし、端午の節句鯉のぼりを上げることもない。
「大井」の名の発祥
神泉「丹の池」

亀岡盆地は太古は「丹の湖(にのうみ)」と呼ばれるであったといわれるが、それが無くなるときに当地に水が乾き残り、旱魃でも枯れない「大いなる井戸」として永く残ったのが「大井」の名の発祥の由来とされる。そしてこの井戸に万一のことがあれば平野が湖に戻るか旱魃地帯になると憂いて、井戸の神である木俣神(御井神)が勧請され祀られることとなった[3][4]

湖は「丹の湖」の名のように赤色[5]の泥湖であったといわれるが、その様子が「丹波」の語源となったという説もある。現在も境内には「大井」の名残とされる神泉「丹の池(にのいけ)」があり、鉄分を含み赤色を呈している。ただし、現在は周辺の宅地開発の影響もあって水は枯れており、地下から水を汲み上げている[4]

なお「おおい」の発音から社名が大堰川に因むとされることがあるが、上記の様に当社は「大いなる井戸」に因むものであり、嵐山渡月橋付近に設けられた(せき)・葛野大堰に因む大堰川とは由来は異なっている。
概史

社伝では、和銅3年(710年元明天皇の勅命による創建とされ、貞観8年(866年)に競馬を行うことを許されたという[2]

平安時代中期の『延喜式神名帳』には「丹波国桑田郡 大井神社」と記載され、式内社に列している。

天正4年(1576年)兵火で焼失し、天正12年(1584年)に豊臣秀吉の命によって再建された。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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