大中恩
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大中 恩
別名土田藍
生誕 (1924-07-24)
1924年7月24日
出身地 日本東京府東京市赤坂区[1]
(現:東京都港区
死没 (2018-12-03) 2018年12月3日(94歳没)
学歴東京音楽学校本科作曲部
ジャンルクラシック
職業作曲家
公式サイト公式ウェブサイト
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大中 恩(おおなか めぐみ、1924年7月24日 - 2018年12月3日[2])は、日本作曲家。男性。土田藍(つちだ あい)という筆名で、自身の歌の作詞も手がけている。

父は『椰子の実』の作曲者である大中寅二詩人作家阪田寛夫は従弟に当たる[3]
経歴

父親が霊南坂教会オルガニスト合唱指揮者であったことから、歌を愛好するようになった(聖歌隊の女の子に惹かれたからだとも語っている)。1942年東京音楽学校(現:東京芸術大学音楽学部)本科作曲部に入学し、信時潔に作曲を、橋本國彦に管弦楽法を、細川碧に対位法を師事した。1943年の混声合唱曲『わたりどり』(詩:北原白秋)は戦地で果てる覚悟で書いたという。1944年9月に学徒出陣で海軍予備学生として海軍に召集され、横須賀鎮守府海軍対潜学校で学んだのち、横浜の監視隊に配属。1945年9月、東京音楽学校を繰上げ卒業[1]。この頃の歌曲集「五つの抒情歌」、就中『しぐれに寄する抒情』(詩:佐藤春夫)『ふるみち』(詩:三木露風)は畑中良輔が初演し、現在でも愛唱されている。その後1955年中田喜直磯部俶、宇賀神光利、中田一次と「ろばの会」を結成。特にこどものための音楽をライフワークとし、精力的な活動を続けた。

混声合唱曲『煉瓦色の街』(1965年秋山和慶指揮・日本合唱協会)で芸術祭奨励賞を受賞する。以後女声合唱組曲『愛の風船』(1966年)、男声合唱曲『走れわが心』(1968年)、混声合唱曲『島よ』(1970年)で芸術祭優秀賞を受賞する。1982年には時代を超えて歌い継がれている『犬のおまわりさん』(作詞:佐藤義美)『サッちゃん』『おなかのへるうた』(作詞:阪田寛夫)などを集大成した「現代こどものうた秀作選・大中恩選集」で日本童謡大賞を受賞する。2004年童謡文化賞、2006年にっけん小野童謡文化賞を受賞。

1989年紫綬褒章受章。1995年勲四等旭日小綬章受章[4]

作曲のみならず自作を主に演奏するコールMeg(1957年 - 1987年)を育て、その活動は三夜連続演奏会(1965年1982年)、九夜連続演奏会(1972年)、日本縦断コンサート(1977年)、数々の地方演奏会、数多くのレコード録音など、アマチュア合唱団としては大変ユニークな活動を行ってきた。そのOB・OGを中心とした合唱団メグめぐコールも指導し、演奏活動を継続していた。1962年、東京音楽学校在学中指導を受けた信時潔の『海道東征』再演の際は、コールMegを率いて参加、公演を助けた。

2001年4月、中田一次が他界したことにより、ろばの会のメンバーで最後の存命者となった。 2018年12月3日午後9時40分、東京都港区で家族に見守られる中、死去。94歳没。
主な作品

作風は日本語の美しい語感を生かしたメロディとリズム、その詩に基づくイメージに即した和声を用い、「童謡だからと安易な曲作りはしない」という厳しい姿勢が貫かれている。合唱作品では清水脩高田三郎佐藤眞らと並んで昭和の世代の合唱団のよきレパートリーを提供し続けたといっても過言ではない。また自作の童謡を合唱のためにアレンジした編曲も、日本中の合唱団で演奏されている。

以下、本文に掲載されているものは省略した。
器楽曲

こどものためのピアノ曲集「あおいオルゴール」

こどものうた《
おなかのへるうた》による変奏曲(ピアノ)

三つの小品(ピアノ)

歌曲

五つの現代詩

歌曲集「恋のミステリー」

歌曲集「ひとりぼっちがたまらなかったら」

歌曲集「夢色の風にのる猫」


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