外島 健吉(としま けんきち、1902年6月30日 - 1994年1月23日)は、日本の実業家。神戸製鋼所社長、会長を務めた。奈良県出身[1]。 1927年に京都帝国大学工学部を卒業し、1932年11月に神戸製鋼所に入社した[1]。1949年8月に取締役に就任し、常務、専務を経て、1958年11月から社長に就任し、在任中は鉄鋼業界で初めてプラントの輸出に手掛けたり、同社で初の海外事務所を開設し、海外進出にも積極的に取り組んだ[2]。1972年5月から1974年11月までに会長を務めた[1]。 1976年11月から1982年10月までに神戸商工会議所会頭と日本商工会議所副会頭を務め、1981年の神戸ポートアイランド博覧会の開催に尽力した[2][1]。関西経済連合会副会長なども歴任した[2]。 1994年1月23日急性心不全のために死去[3]。91歳没。 先代
経歴・人物
栄誉
藍綬褒章(1961年)
紺綬褒章(1963年)
フランスレジオンドヌール勲章(1971年)
勲一等瑞宝章(1972年11月)
脚注[脚注の使い方]^ a b c d 人事興信所 1991, と14頁.
^ a b c 1994年 1月25日 日経産業新聞 p31
^ 1994年 1月25日 日本経済新聞 朝刊 p35
参考文献
人事興信所 編『人事興信録 第36版 下』人事興信所、1991年。
浅田長平神戸製鋼所社長
第9代:1958年 - 1972年次代
井上義海