なつかわ だいじろう
夏川 大二郎
夏川大二郎、山田五十鈴、1935年
本名斎藤 大二郎(旧姓:佐々木)[1]
別名義夏川 大吾
生年月日 (1913-08-31) 1913年8月31日
没年月日 (1987-07-16) 1987年7月16日(73歳没)
出生地東京市芝区桜田本郷町(現在の東京都港区西新橋)[1][2]
国籍 日本
職業俳優
ジャンル劇映画(時代劇・現代劇)、テレビ映画
活動期間1934年 - 1974年[3]
著名な家族佐々木積(義父)
夏川静江(実姉)
夏川かほる(姪)
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夏川 大二郎(なつかわ だいじろう、1913年8月31日[2] - 1987年7月16日[4])は、日本の俳優。 1913年(大正2年)8月31日、斎藤大二郎として東京市芝区桜田本郷町(現在の東京都港区西新橋)に生まれる[1]。 1919年(大正8年)に映画芸術協会製作の『生の輝き』に姉の夏川静枝と共に夏川大吾の芸名で子役で出演した。 1933年(昭和8年)日活太秦撮影所に監督見習いとして入社、その後、俳優に転向し1934年(昭和9年)に日活映画でデビューした[1]。 1940年(昭和15年)五所平之助監督『木石
経歴
戦後は脇役として、1946年(昭和21年)『瀧の白糸』、1949年(昭和24年)『透明人間現わる』などに出演した[1]。 俳優の佐々木積は義父、女優の夏川静江は実姉、夏川かほるは姪。 以下に日本映画データベースに従い公開日、作品名、製作会社、役名を記載[3]。一部KINENOTEに従い追加[2]。
家族・親族
出演映画左から山田五十鈴、夏川大二郎、1935年 『折鶴お千』左から高峰秀子、夏川大二郎、藤原釜足、1941年 『秀子の車掌さん』
1919年9月13日 『生の輝き』 映画芸術協会 - 照子の弟(夏川大吾名義)
1934年3月22日 『さくら音頭』 監督渡辺邦男・マキノ正博 日活太秦
1934年5月10日 『心の太陽 前後篇』 日活太秦 - 杉本時彦
1934年5月17日 『忠臣蔵 刃傷篇 復讐篇』 日活京都 - 大石主税
1934年6月28日 『三家庭』 日活多摩川 - 隆一
1934年9月1日 『愛憎峠』 日活多摩川 - 森田繁
1934年11月29日 『建設の人々』 第一映画 - その弟 勇
1935年1月20日 『折鶴お千』 第一映画 - 秦宗吉
1935年5月9日 『お六櫛
1935年5月30日 『マリアのお雪』 第一映画 - 朝倉晋吾
1935年10月8日 『父帰る母の心』 第一映画 - 弟新二郎
1935年10月31日 『虞美人草』 第一映画 - 宗近一
1935年12月5日 『男の友情』 第一映画
1936年1月30日 『たった一人の女』 第一映画 - 六つ又の和四郎
1936年6月20日 『金鉱