増田恵子
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増田 惠子
別名増田 恵子
増田 啓子(1976年8月?1981年3月)
増田 けい子(旧芸名)
ケイ(愛称)
生誕 (1957-09-02)
1957年9月2日(66歳)
出身地 日本静岡県静岡市葵区
学歴常葉大学附属常葉高等学校
職業歌手女優タレント
活動期間1976年 -
レーベルワーナー・パイオニアエレクトラ
1981年 - 1982年
フォーライフ・レコード
1984年 - 1985年
徳間ジャパン/BouRbon
1989年 - 1990年
ユニバーサルミュージック
2005年
キングレコード
2008年
ワーナーミュージック・ジャパン
2012年 - 2014年
日本コロムビア
2018年
ビクターエンターテインメント
2022年
事務所ケイ・オフィス
共同作業者ピンク・レディー
公式サイト増田恵子オフィシャルサイト

増田 恵子(ますだ けいこ、1957年(昭和32年)9月2日 - )は、日本の歌手女優タレント。本名:桑木 啓子(くわき けいこ)。旧姓:増田[1]、旧々姓:小林(こばやし)[2]

1970年代後半から1980年代初頭にかけてにアイドルデュオ「ピンク・レディー」のケイとして活躍した。血液型O型

ケイ・オフィスに所属し、佐藤企画と業務提携。静岡県静岡市葵区出身。
経歴
デビュー前

1957年、現在の静岡市駿河区八幡にて、小林家の三人兄妹の末っ子として生まれる。1961年、父の死去に伴い焼津市に住む母の姉夫婦に預けられ、1964年伯母夫婦の養女となる。1971年4月、静岡市立末広中学校に転校し、翌1972年、根本美鶴代(未唯mie)と出会う。なお、伯母は2001年、母親は2012年に亡くなり(享年93)、2人の母を看取った。[3]

1973年4月、常葉高等学校(現:常葉大学附属常葉高校)に根本と共に入学。この年の暮、ヤマハのオーディションに参加し、「ジョニィへの伝言」「恋の衝撃」を歌って優勝する。翌1974年浜松のヤマハボーカルスクールへ根本と通い始め、根本とのデュオ「クッキー」の名でヤマハポピュラーソングコンテストに出場した。楽曲は「恋のレッスン」。

1976年2月、日本テレビスター誕生!』の決戦大会で合格し、同年8月25日、根本とのデュオ『ピンク・レディー』のケイとして、ビクター音楽産業T&C ミュージックから「ペッパー警部」でデビュー。数々の大ヒットを記録し、一世を風靡した。
ソロデビュー

1981年3月31日のピンク・レディー解散後はソロ歌手、増田けい子として、デビュー曲の「すずめ」が40万枚のヒット。オリコンチャート8位を記録。全日本有線放送大賞特別賞を受賞した。その後も「ためらい」、「らせん階段」、などをリリースした。その後、芸名を増田恵子に改め、「女優」、「FU・RI・NE」などをリリース。一方女優としても数多くのドラマや映画に出演している。又、1988年にはパリに渡り、兼ねてから興味を抱いていたシャンソンを学び、翌年の1989年、IVS音楽出版バックアップのもとフランスデビューを遂げた。フランスでは仏語6曲、英語4曲でレコーディングされたアルバム『Simples Confidence』(全10曲)"KEIKO MASUDA 増田恵子"がJUST'IN(ジュスティーヌ)より発売。プロモーションを兼ね仏放送出演、又、グランダルシュにてライブパフォーマンスなどが行われた。同アルバムの日本盤は『Voice Cologne』とタイトルが変わり徳間ジャパンより発売された。

2002年6月23日、音響会社「ギルド・ジャパン」社長の桑木知二と結婚。2003年から2005年のピンク・レディー復活コンサート以後は、テレビのバラエティー番組への出演も増えた。2004年9月、自叙伝『あこがれ』を出版。2005年12月7日、ソロとして15年ぶりに新曲「奇蹟の花」をリリース。2008年8月6日には19年振りのソロアルバム『Now & Then ?もいちど遊びましょ?』をリリースした。また、2012年11月、ソロデビュー30年を記念し「Colors」30th Anniversary All Time Best が発売され、2014年には、初のカバーアルバム「愛唱歌」がリリースされた。

2017年12月30日、TBS系第59回 輝く!日本レコード大賞(新国立劇場)において、「没後10年・作詞家デビュー50年・特別賞」を受賞した恩師・阿久悠の功績を讃え、レコ大の舞台には39年ぶり・直近のコンサートツアーからは6年ぶりにピンク・レディーとしてステージに立ち、同じく恩師である都倉俊一の指揮によるオーケストラにて「ぺッパー警部」「ウォンテッド」「UFO」の3曲を「レコ大SPメドレー」として披露した。翌2018年第60回 輝く!日本レコード大賞にもピンクレディーとして出演し、過去に大賞を受賞したレジェンド・アーティスト コーナーにおいて「UFO」「S・O・S」「渚のシンドバッド」「サウスポー」のメドレーを披露した[4][5]。 

2022年7月27日、ソロデビュー40周年記念アルバム「そして、ここから…[40th Anniversary Platinum Album]」をリリース[6]。それに伴い、記念ライブ「増田恵子 40th Anniversary & Birthday Live “そして、ここから…” 」を同年9月2日、ビルボードライブ横浜で開催した[7][8]
ディスコグラフィ「ピンク・レディー」のシングルについては「ピンク・レディー#シングル」を、アルバムについては「ピンク・レディー#アルバム」を参照
シングル

枚発売日タイトルc/w規格規格品番
ワーナー・パイオニアエレクトラ
増田けい子
1st1981年11月28日すずめ
作詞:中島みゆき
作曲:中島みゆき
編曲:青木望前夜祭(イヴ)
作詞:サガン綾
作曲:堀江淳
編曲:青木望EPL1567R
2nd1982年6月12日ためらい
作詞:松任谷由実
作曲:松任谷由実
編曲:馬飼野康二傷心
作詞:中山ラビ
作曲:小椋佳
編曲:馬飼野康二EPL-1587
3rd1982年10月9日らせん階段
作詞:竹内まりや
作曲:竹内まりや
編曲:椎名和夫アクトレス
作詞:安井かずみ
作曲:加藤和彦
編曲:清水信之EPL-1610
フォーライフ・レコード
増田恵子
4th1984年5月21日女優


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