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堀江 知佳(ほりえ ちか、1981年2月15日 - )は、兵庫県加古川市出身の陸上競技(長距離走・マラソン)元選手。
須磨女子高等学校(現・須磨学園高等学校)卒業後、1999年4月に積水化学工業に入社、小出義雄の指導を受ける。その後、小出と他の部員らと共にアルゼ(佐倉アスリートクラブ)、2009年11月1日に「ユニバーサルエンターテインメント」にチーム名変更)へ移籍した。161 cm、45Kg。 須磨女子高校の3年生時、1998年の全国高校総体では3000m女子の部で優勝。 積水化学へ入社した翌2000年4月、19歳で出場した長野オリンピック記念長野マラソンで初マラソンに挑戦、2時間29分台で4位に入る。これは2014年現在も、日本女子ジュニアのマラソン最高記録として未だ破られていない(下り坂コース)[1]。 2002年8月の夏場に開催された北海道マラソンでは、2時間26分台の自己ベスト記録をマークして、マラソン初優勝を成し遂げた。 2008年8月の北京オリンピック女子マラソン選考レースだった、同年3月の名古屋国際女子マラソンでは、31Km過ぎに自らスパートして先頭集団から抜け出して一時はトップに立った。しかし32.5Km付近で中村友梨香(優勝・北京五輪女子マラソン代表入り)が仕掛けたロングスパートにはついていけずに後退し、5位に留まった。 2009年3月の名古屋国際女子マラソン(世界陸上ベルリン大会選考レース)では、5Km過ぎで集団から飛び出した藤永佳子・新谷仁美らの先頭争いにはついてゆかず、後方集団で待機。30Kmを過ぎてから徐々にペースアップ、一時単独トップを走っていた新谷を40Km手前でかわしたが、優勝した藤永には56秒届かず惜しくも2位だった。 2014年3月の名古屋ウィメンズマラソンの完走(15位)を最後に、現役引退を表明した。 年月大会順位記録備考
目次
1 略歴
2 自己記録
3 マラソン全記録
4 脚注
5 外部リンク
略歴
自己記録
1500m 4分32秒18
5000m 15分56秒74
10000m 32分17秒31
マラソン 2時間26分11秒
マラソン全記録
2000年4月長野マラソン4位2時間29分12秒初マラソン・マラソン日本女子ジュニア最高記録
2001年8月北海道マラソン14位2時間49分24秒.
2002年8月北海道マラソン優勝2時間26分11秒マラソン初優勝・自己ベスト記録
2003年8月北海道マラソン2位2時間36分03秒.
2005年8月北海道マラソン3位2時間29分15秒.
2006年3月名古屋国際女子マラソン3位2時間28分01秒ドーハアジア競技大会選考レース
2006年4月ボストンマラソン11位2時間34分40秒.
2006年8月北海道マラソンDNF途中棄権.
2008年3月名古屋国際女子マラソン5位2時間27分16秒北京オリンピック選考レース
2009年3月名古屋国際女子マラソン2位2時間29分09秒世界陸上ベルリン大会選考レース
2010年1月大阪国際女子マラソン7位2時間28分29秒広州アジア競技大会選考レース
2011年1月大阪国際女子マラソン3位2時間27分26秒世界陸上大邱大会選考レース
2011年11月横浜国際女子マラソン15位2時間48分47秒ロンドンオリンピック選考レース
2012年1月大阪国際女子マラソン4位2時間28分35秒
2013年4月ロンドンマラソン14位2時間35分30秒世界陸上モスクワ大会選考レース
2014年3月名古屋ウィメンズマラソン15位2時間32分58秒仁川アジア競技大会選考レース
脚注^ ⇒眼相がいい 岩出玲亜が10代日本最高記録 - 陸上ニュース : nikkansports.com